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洋裁学校

上富良野町の洋裁学校は、昭和二十四年九月二十八日、鈴木弥江子さん(現在、わかば愛育園園長、八十一歳)が、現在の栄町二丁目の自宅で上富良野高等洋裁学院を開設したのが始まりで、院長鈴木弥江子、教員は専任七名、兼任二名であり、生徒は本科一一〇名、研究科九五名、師範科六〇名であった。(町史参照)
鈴木弥江子さんは、函館市出身で昭和十九年に、上富良野に疎開する姉に同行してきたのがきっかけとなった。終戦と共に姉は函館に戻ったが、弥江子さんは一人上富良野に残り、当時七町内(現栄町二丁目)にあった大黒屋旅館を買い受け「メリー洋裁研究所」を開いたのが最初であった。
その後、生徒数の増加により昭和二十七年に財団法人上富良野高等家政女学校を設立し、和・洋裁・機械編み物の他、青少年を対象とした書道・算盤・英語教室などを開設したが、昭和四十五年に、かねてからの念願であった児童福祉事業の道に進むことになり、昭和五十八年に家政女学院を廃止した。この間に学窓を巣立った生徒(婦女子)は、千名を超えると言われている。
その他、上富良野町の洋裁学校として、昭和二十六年に旭川中央洋裁女学校東中分校(設置者山中正顕・校長中西覚蔵)が東中に設置され、昭和二十九年に竹谷洋裁学院(院長竹谷愛子)。同二十九年に干せ業洋裁専門学校(校長千葉美代子)。同三十九年に上富良野文化服装学院(院長野口トミ子)が認可開設されている。また、昭和二十七年〜三十四年に駅前に、旭川聖美洋裁学院上富良野分院(経営者吉田吉之輔)が開設された。
しかし、洋裁学校も高度成長期以降次第に閉鎖されて、現在は竹谷洋裁学院のみである。
(倉本千代子記)

機関誌 郷土をさぐる(第15号)
1998年3月31日印刷 1998年3月31日発行
編集・発行者 上富良野町郷土をさぐる会 会長 高橋寅吉