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青年学校

昭和十年四月一日、青年学校令が公布され青年訓練所は廃止されて新しく青年学校となり、主事は校長となり、教諭、助教諭、指導員が指導の任に当たることとなった。
生徒は男子部と女子部に分けて、これを普通科(二カ年)、本科(男子五カ年、女子三カ年)、研究科(一カ年)の三科各期間で構成されていた。
教授及び訓練科目は、普通科では修身、公民、普通学科、職業科、体操科とし、本科及び研究科は、修身及び公民科、普通学科と教練科で、女子には教練科を省き家庭科を課していた。またその内容は各校下の状況に応じて特色あるものとした。
上富良野青年学校学則第一条に「……心身ヲ鍛練シ徳性ヲ涵養スルト共ニ職業及実際生活ニ須要ナル知識技能ヲ授ケ以テ国民タルノ資質ヲ向上セシムルヲ目的……」と定めている。
上富良野村の青年学校は始め、青年訓練所から移行した上富良野、東中、草分、江幌の四校であったが、昭和十四年に青年学校は義務制になったので、昭和十七年一月には、江花、里仁、旭野、日新、清富の村内全ての各学校に併置されることになった。
○上富良野青年学校
大正五年六月二十九日、青年訓練所として設置認可され、七月一日開所(男子)。
昭和三年十一月二十三日、上富良野実習女学校設置認可(女子)。
昭和十年八月一日、上富良野青年学校として名称学則認可。
昭和十四年十一月三十日、学則変更し男子部普通科と女子部研究科を増置する。
○東中青年学校
大正九年一月二十日、東中富良野女子実業補習学校設立。
昭和二年四月七日、東中富良野青年訓練所認可。
昭和二年十一月十七日、東中富良野実科女学校と改称。
昭和十年八月一日、東中青年学校認可。
○草分青年学校
昭和九年三月三十一日、草分青年訓練所設置。
昭和十年八月一日、草分青年学校認可。
○江幌青年学校
昭和九年三月三十一日、江幌青年訓練所設置。
昭和十年八月一日、江幌青年学校認可。
○江花青年学校
昭和十七年一月二十八日、江花青年学校設置認可
○里仁青年学校
昭和十七年一月二十八日、里仁青年学校設置認可
○旭野青年学校
昭和十七年一月二十八日、旭野青年学校設置認可
○日新青年学校
昭和十七年一月二十八日、日新青年学校設置認可
○清富青年学校
昭和十七年一月二十八日、清富青年学校設置認可
これらの青年学校は、何れもその地域の国民学校(小学校)に併置されたものであるが、当時は戦争末期で徴兵が一年繰り上げられ十九歳入営となり、また召集がはげしくなって、昭和十八年六月十五日に村内各青年学校は上富良野青年学校一校に統合された。(専任校長、東明武雄着任)従って上記江花他四校は一年余りの短命であったが、統合後も各校に引き続き分校が置かれていた。
昭和二十三年三月三十一日、学制改革のため青年学校は廃止となる。
(中尾之弘記)

機関誌 郷土をさぐる(第15号)
1998年3月31日印刷 1998年3月31日発行
編集・発行者 上富良野町郷土をさぐる会 会長 高橋寅吉