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農地改革

戦後の行政改革の中で特筆すべき一つに農地改革がある。特にわが町においては、土地払下げによる農場、牧場方式により開拓された農地が多く、今でもその名残として、島津、第一安井、倍本、等々……地名となって呼ばれているところが多い。
このような経緯で開拓がなされてきたわが国においては、地主が小作人を入地させ未墾地の開墾を進めてきた例が殆どである。従ってわが町においても戦前から自作農創設には力を入れてはきたのであるが、特に、戦後連合軍の民主化施策の一つとして不在地主所有農地の開放が指令され、所謂不在地主は小作人に移り渡すこととになった。これが戦後の大改革といわれた農地改革である。
わが町においても、農地委員会がその事業の推進にあたり、昭和二十二年頃より当該農地の調査、研究作業に入り、昭和二十五年に至る約四年という短期間に当該農地の買収、売渡しに関する知事への許可申請、その前提となる分筆、表示の変更(地目、住所等)等、その調査件数、事務量は膨大なものであり、取扱土地の筆数は約四千筆にのぼり、その取扱面積は約七千町歩にも及ぶものであった。
当時、農地委員会長は故石川清一氏であり、故三島五二次事務局長のもと、片井昭治技師、小林浩二、(及川和夫)の両主事等の諸氏が、夜を徹しての作業努力は目覚ましいものがあり、結果として何のしこりも残さず、この大事業が完了をみたのである。
売り渡し代金約百六十万余円についても滞納者は皆無の状況で、この農地開放事業の事務処理を終え、買収、売り渡し登記の完了を見るに至り、昭和二十五年九月二十七日上富良野小学校屋内運動場において、関係者多数が参加され記念式典が盛大に行われたのである。
当時の、農地開放施策推進の過程で、様々な紛争があちこちで起きていたのであるが、わが町においては皆無に等しい統計が残っているのも珍しいことである。
(佐藤正男記)

機関誌 郷土をさぐる(第15号)
1998年3月31日印刷 1998年3月31日発行
編集・発行者 上富良野町郷土をさぐる会 会長 高橋寅吉