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『汽車の窓から』

三浦 綾子


先日釧路に行っての帰り、汽車で上富良野を通過した。三浦と私は、上富良野の街に目をやりながら、座席にじっと坐っていた。汽車が上富良野駅を過ぎると、私は何か胸苦しさを覚えた。ふっと続「泥流地帯」のラストシーンを思い出したのである。
耕作と拓一は、その日、稲刈をしていたのだ。十勝岳爆発後、はじめて稲が実ったのだ。だがこの日は、節子が福子を深雪楼からつれ出して、旭川に逃げて行く日でもあった。拓一も耕作も、稲に鎌を入れながら、果して福子が節子と共に逃げるかどうか、気がかりでならなかった。
たまらなくなった耕作は鉄道線路の傍に来た。
<「ボーッ」
汽笛が真近にひびいた。耕作の胸が激しく動悸を打った。もくもくと黒煙を上げて、木立の蔭から汽車が現れた。
(乗っているか、乗っていないか)
耕作は息をつめて汽車を見た。>
その小説の一文を思いながら、私は三浦に言った。
「何だか、ほんとに耕作が立って待っているような気がするわね」
「うん、ほんとだな」
三浦も答える。
「あ、そこよ! 耕作の家は!」
私は持っていた白いハンケチをふった。福子が逃げ出すことができたら、白いハンケチをふる約束だったのだ。私は、事実列車の窓下に、耕作が目を見ひらいて汽車を見上げているような気がした。
現実と小説が、私の胸のうちで一つになった。とうに終わった筈の小説が、再び甦える。五十年前の出来事が現在のことに思われる。私にとって、「泥流地帯」は、そのような小説なのである。
この四月、「続泥流地帯」が新潮社から出版される運びになった。「泥流地帯」と共に、二冊共上富良野の方々には実におせわになった。取材への度重なるご協力、出版記念会など、その蒙ったご懇情は、終生忘れることができない。書き終えたのに書き終えた気がしないのは、小説の主人公への愛着と、上富良野の方々への感謝が絡み合っているからかも知れない。ともあれ、上富良野の皆様のご発展を心より祈って、御礼に替えたい。
(昭和五十四年三月)

三浦綾子さんの寄稿について

北海道新聞日曜版に連載されたこの小説は、大正十五年五月二十四日に起きた、十勝岳大爆発をテーマに執筆され、登場人物も実名で描かれる等上富良野町にとっては非常に関係の深いものであります。
この度「続泥流地帯」を完結したので、町の歴史を残す私達の企画に、特別投稿をしていただきました。

かみふ物語  昭和54年12月 2日発行
編集兼発行者 上富良野町十二年生丑年会 代表 平山 寛