「十勝岳噴火」の地域での伝承活動
上富良野町本町五丁目 中 村 有 秀
昭和十二年十一月二十八日生(八十六歳)
文中縦書き数字は、算用数字を単純に漢数字に置き換える表記(記数法)で、引用・転載部分はママ表記。また、要所に元号年と西暦年を併記するようにしている。
一 はじめに
郷土をさぐる誌第四〇号と第四一号に『小説「泥流地帯」の著者「三浦綾子さん」と上富良野の関わり』と題した記事を掲載しましたが、この執筆途上の資料収集や取材に際して、「十勝岳噴火」に関する伝承活動に様々な方々や諸機関が取り組まれていることを改めて知りました。
この一端に限りますが、この成果についてお知らせし後世への継承の一助になればと思いまとめました。
十勝岳山麓に住む私達は、春夏秋冬の十勝岳を仰ぎ見て、その変化と季節の移ろいを楽しむ日々を過ごしています。
しかし、活火山の十勝岳は絶え間なく噴煙を上げ続けており、この火山活動の盛衰に関する気配りも欠かせません。
上富良野町の前身である富良野村ができた一八九七(明治三〇)以降の噴火活動は、次のとおりです。
@ 一九二六(大正一五)年五月二四日から
この日二回の噴火による泥流災害で一四四名が死亡・行方不明、田畑の被害甚大。大正火口が出現した。この後同年九月八日の噴火で二名が死亡、一九二八(昭和三)年に終息するまで多数の小噴火が続いた。
掲載省略:写真 田中館博士撮影の1926(大正15)年9月8日噴火(上富良野町郷土館収蔵)
A 一九六二(昭和三七)年六月二九日から
この日の一回目噴火による火山弾により五名が犠牲、約三時間後の翌三〇日にも二回目の噴火が発生。噴煙の高さは一万二千メートル、62‐0から62-3までの四火口が出現。
― 大正噴火から三六年 ―
掲載省略:写真 1962(昭和37)年6月29日噴火午前6時(会田義隆氏撮影)
B 一九八八(昭和六三)年一二月一六日から
この日、62-2火口から小噴火。火砕流や火災サージが発生し、積雪の一部を溶かした。噴火規模は拡大せず、翌年三月五日を最後に終息するまでの三か月間に二一回の小規模な噴火が続いた。地震・空振・火山性微動等の観測結果で、一二月一〇日からの活動を噴火として計数し、二三回の噴火とする研究者もいる。
―62噴火から二六年 ―
掲載省略:写真 11988(昭和63)年12月25日00時49分から約6分間、旭川地方気象台職員が高感度フィルムで連続撮影した中の1枚。小規模噴火ながら火砕流が発生して、積雪を溶かしながら流下し、この後まもなく停止した。(旭川地方気象台提供)
来年二〇二六年で、大正噴火泥流災害から「百年」になります。この間、町では国・北海道と協議をしながら、防災・減災対策を進めると共に、『非常時の備蓄』と『住民への防災啓発』が行われてきました。特に火山ハザードマップの作成は、「森町北海道駒ヶ岳火山ハザードマップ一九八三年」に続く全国二番目の「上富良野町十勝岳火山ハザードマップ一九八七年」で、全戸に配布したのは上富良野町が初めてでした。翌年美瑛町も続きました。
掲載省略:図 1987(昭和62)年発行の初版ハザードマップ(緊急避難図)。翌年1988(昭和63)年12月から発生した噴火に際して早速役立つことになった。(上富良野町総務課提供)
掲載省略:写真 上富良野町防災ガイドブック 令和6年3月版
その後時代に合わせた改定により、風水害・地震等対策対象とする災害の幅を広げてきており、最新の『上富良野町防災ガイドブック 令和6年3月版』が町内全戸に配布されました。
大正噴火を経験された「語り部」とも言うべき古老の皆様も逝去され、世代交代が進む中で「十勝岳噴火災害」の記憶・記録が風化されつつあります。この歴史の事実と、先人の大変な努力と苦労を伝承することが、今生活する私達に課せられた役割と考えます。
三浦綾子著の小説「泥流地帯」と「三浦綾子記念文学館」を通じて、上富良野町内の各種団体の活動を紹介します。
尚、『十勝岳ジオパーク推進協議会』と『小説「泥流地帯」映画化を進める会』の諸活動は、ここでの紹介は省きます。
二 十勝岳噴火関係の「出版物」と「映像」
「出版物」と「映像」は、適切な管理の下では永久に残せるものです。
これらには、十勝岳火山活動・噴火災害に限っても、教育機関・研究機関・各種団体・企業等法人、更には個人によるものなど膨大に上るものと思われ、ここでは関心を持たれた方が、上富良野町内で容易に触れられるものに限って紹介します。
「出版物」は、上富良野町図書館「ふれんど」で、また「映像」は、上富良野町郷土館で観覧できます。
掲載省略:写真 図書館ジオ図書コーナー
掲載省略:写真 図書館町史・郷土資料コーナー
掲載省略:写真 郷土館事務室資料棚。別室の収蔵庫にも各種刊行物や歴史資料が整理されて収められている。
掲載省略:写真 郷土館玄関ホール閲覧コーナー(郷土をさぐる誌全41巻)
掲載省略:写真 郷土館玄関ホールビデオ視聴コーナー
掲載省略:写真 郷土館2階大正噴火記録ビデオ視聴コーナー
◆ 十勝岳噴火関係の『出版物』 ◆
@ 『十勝岳爆発災害志』
・発行年 1929(昭和4)年3月25日
・発行所 十勝岳爆発罹災救済会
小説「泥流地帯」の資料に三浦光世氏は、勤務先の旭川営林局の書庫で「十勝岳爆発災害志」を見ていた。
小説「泥流地帯」は、光世氏が綾子さんに書いて欲しいと頼み、タイトルも決められたという。当然に「災害志」も参考にされた。A 十勝岳硫黄鉱山『噴火災害誌』(昭37噴火)
・発行年 1962(昭和37)年11月15日
・発行所 磯部鉱業株式会社技術室B 『上富良野町史』(開基70周年)
・発行年 1967(昭和42)年8月15日
・発行所 上富良野町C 『火の山』(昭和37年6月の十勝岳噴火)
・発行年 1968(昭和43)年4月20日
・発行所 朝日新聞社北海道支社D 『かみふ物語』
・発行年 1979(昭和54)年12月2日
・発行所 昭和12年生れ丑年会編E 大正15年『十勝岳大爆発』記録写真集
・発行年 1980(昭和55)年3月28日(増刷二回)
・発行所 上富良野町郷土館F かみふらの『郷土をさぐる』
・発行年 1981(昭和56)年10月10日第1号既刊最新は2024(令和6)年4月1日発行の第41号で、定期発行と企画発刊7事業の詳細は第40号の特集「郷土をさぐる会のあゆみ」に掲載。
図書館ジオコーナー及び郷土館玄関ホール閲覧コーナーで本号を含む全42巻を閲覧できる。・発行所 上富良野町郷土をさぐる会 G 昭和63年『十勝岳火山噴火の推移と発生機構』
・発行年 1989(平成元)年3月
・発行所 文部省科学研究会(代表勝井義雄)H 88〜89年発生『十勝岳噴火災害』
・発行年 1990(平成2)年2月
・発行所 日本消防協会・地震防災対策委員会I 88〜89年『十勝岳噴火災害対策の概況』
・発行年 1991(平成3)年3月
・発行所 北海道総務部J 『十勝岳と火山泥流』(富良野川と火山砂防)
・発行年 1998(平成10)年
・発行所 北海道旭川土木現業所K 『上富良野百年史』
・発行年 1998(平成10)年8月
・発行所 上富良野町L 広報『かみふらの』十勝岳爆発から90年特集
・発行年 2016(平成28)年6月10日第685号
・発行所 上富良野町
・内 容 絶望…その先にある希望に向かって表紙を含め紙面21ページにわたる特集記事が掲載された。
◆ 当時の新聞面(5月26〜28日)3枚
◆ 体験者の証言から 10名
◆ 被災児童の作文 3名
◆ 小説「泥流地帯」から
◆ 三浦綾子―大正15年5月24日を想うとき―
◆ 「泥流地帯の道」を歩き朗読を楽しむ
◆ 「90周年記念 追悼式」
◆ 清野ていさんの寄稿文M 噴火泥流災害90年回顧誌やまと共に生きる 十勝岳
・発行年 2017(平成29)年3月27日
・発行所 上富良野町郷土をさぐる会N 絵本「十勝岳だいふんか」〜未来へつなげよう〜
・発行年 2018(平成30)年10月17日
・制 作 読みきかせ会ムーミン 絵・菅井茂樹O 三浦綾子「泥流地帯」― フットパスの魅力
―歴史と作品の舞台・上富良野町を歩く―
・発行年 2019(令和元)年5月24日
・編著者 佐川 泰正
◆ 十勝岳噴火関係の『映 像』 ◆
上富良野町郷土館の来館者用として、制作者の許諾を得て、DVDにより観賞できます。
@〜Eは一階ロビーで、Fは二階の十勝岳噴火コーナーで鑑賞できます。特にFは大正一五年五月の大爆発当時のフィルム映像を再生した貴重な記録です。(各項末尾の時間は放映時間)
@ 上富良野開拓の父 田中常次郎 8分 A 大正泥流と闘った男 上富良野復興物語 55分 B 体験者による泥流の再現
平成六年度富良野川防災工事3号ダム透過型泥流流向調査6分 C 体験者による 泥流の再現
一九九五(平成七)年度富良野川防災工事3号ダムの嵩上げ被害軽減効果解析13分 D 「泥流地帯」〜悲劇を繰り返さない為に
一九九六(平成八)年度十勝岳火山噴火災害警戒避難対策事業20分 E かみふらの「きのう・きょう・あした」
二〇一八(平成三〇)年に実施された上富良野開基120年記念事業の記録映像F 「十勝岳大爆発」 当時の映像を復元
――ナレーション――
冒頭『大正15年5月24日
十勝岳は大音響と共に爆発した』
最後『十勝岳と共に歩んできた
上富良野が私達の ふるさとだ』10分
三 十勝岳大正噴火「八〇周年記念」
二〇〇六(平成一八)年、十勝岳噴火災害八〇周年記念事業として、上富良野町・上富良野町教育委員会・旭川土木現業所富良野出張所の三行政機関と、上富良野町内の郷土をさぐる会・草分住民会・日新住民会・博物館土の館の四団体・施設の七者で実行委員会を組織し、会長に成田政一氏(郷土をさぐる会会長)を選任して事業を進めました。
実行委員会が進める中核にする事業を「十勝岳大噴火泥流災害八〇周年回顧展」に据え、上富良野町郷土をさぐる会が主管することになりました。
実行委員会では、構成七者で企画される協賛事業や独自事業の連絡調整も担いました。
・5月20日 十勝岳大噴火泥流災害八〇周年回顧展を郷土館・公民館(大ホール・二階研修室)を会場に、5月28日まで開催された。
入場者一四五〇名。噴火泥流発生による大惨事と、復興への先人の努力の足跡が、理解できたとの声が寄せられた。(実行委員会主催)
大角伊佐雄翁の九〇歳での絵画特別展示は、臨場感あふれる作品と注目を集めた。(大角伊佐雄氏協賛開催)・5月24日 草分地区「開拓記念広場」において、噴火泥流災害80周年追悼式が行われた。(上富良野町主催) ・5月24日 三浦綾子記念文学館長 三浦光世氏の特別記念講演「人生の苦難と幸福」が行われた。(上富良野町教育委員会主催) ・6月6日 5月20日開催の本展示から再編成した十勝岳大噴火泥流災害八〇周年回顧展(移動展)を「土の館」で8月27日までの八二日間開催され、入場者九一七〇名。(博物館「土の館」と共催) ・6月6日 泥流災害を語り継ぐシンポジウム「被災・復興を語る回顧の集い」が開催された。(博物館「土の館」と「土の館友の会」の主催)
司会進行 合田一道氏(北海道新聞)
体験者 大角伊佐雄・岩田賀平・竹内正夫
水谷甚四郎・高士茂雄・伊藤孝司
岩崎きくえ回顧展の展示概要は、周知チラシ・案内図参照。
掲載省略:写真 回顧展 開会テープカット平成18年5月20日郷土館前
掲載省略:写真 「土の館」名誉館長 菅野祥孝氏講演「本当の怖さは忘れること=v
掲載省略:図 回顧展周知チラシ・案内図
四 十勝岳大正噴火「九〇周年記念事業」
二〇一六(平成二八)年は、三浦文学でまちおこし≠ニして、5月22日上富良野町「泥流地帯の道」、6月25日旭川市「氷点の道」、9月25日和寒町「塩狩峠の道」と命名設定した「三つの道フットパス」が三市町で実施された。
上富良野町内では、「九〇周年記念」特別企画展と関連する次の活動が行われた。
・4月20日 三浦綾子記念文学館から「三浦綾子文庫」の寄贈(九〇冊)を受け、閲覧用として図書館収蔵。 ・4月26日 三浦綾子記念文学館特別研究員 森下辰衛氏の講演。(かみん) ・5月1日
〜10月31日特別企画展―開拓と災害のまちで生きる≠つないだもの―として次の三会場で順次開催。
■後藤純男美術館 5月1日〜6月29日
■保健福祉総合センター 7月1日〜8月30日
■博物館「土の館」 9月1日〜10月31日・5月22日 フットパス「泥流地帯の道を歩く」を実施。(開拓記念館〜十勝岳爆発記念碑〜旧・日新尋常小学校跡木碑) ・5月22日 朗読会 小説の舞台十勝岳で「泥流地帯」を読む。(後藤純男美術館にて) ・5月24日 午後4時17分、町内にサイレンが鳴り、開拓記念館前の広場で町主催の追悼式に向山富夫町長、地域住民ら六〇人が参列し黙祷をささげた。
五 「三浦綾子記念文学館」の全国移動展
―第一回開催は上富良野町「泥流地帯」が―
三浦文学ファンには、実際に文学館を訪れることが難しい人が沢山います。
「近くにあれば…」そんな思いの方々のご近所へ、この展示を届けたい!
そこでスタートしたのが「三浦綾子記念文学館移動展(巡回展)」です。
それぞれの作品には舞台となるモデルがあり、そのモデル地元の人々に展示を見てもらうには、「文学館の企画展」を運ぶことでした。
全国移動展(巡回展)第一回が、小説「泥流地帯」の舞台となった上富良野で、小説「泥流地帯」はこうして生まれた!≠ニして、次のように開催された。
・と き 2010(平成22)年5月20〜30日 ・ところ 上富良野町公民館大ホール ・展示品 小説原稿・取材ノート・新聞関連スクラップ・参考文献・関連資料・写真・十勝岳噴火関係の石碑パネル
掲載省略:図 「三浦綾子記念文学館」の全国移動(巡回)展第1回チラシ
■ 第二回 2012(平成24)年 上川町黒岳ギャラリー 『三浦文学と北海道』 ■ 第三〜四回 2013(平成25)年 旭川市上川教育センター 『氷 点』
旭川グランドホテル 『氷 点』■ 第五〜九回 2014(平成26)年 猿払村・稚内市・苫前町・豊富町・中頓別町 『天北原野』
第一〇回から第一九回は全国各地を巡回し、第二〇回は泥流災害被災中心になった「草分地区」開拓者の故郷、三重県津市での開催となりました。
■ 第二〇回 2017(平成29)年 三重県津市 『泥流地帯』 『続・泥流地帯』
「三浦綾子記念文学館」のこの企画に敬意を表するとともに、上富良野町での開催の折、小泉雅代学芸員には大変お世話になったことをお礼申し上げます。
六 『文学館』開催のかみふらの関係企画展
三浦綾子著の小説「泥流地帯」と最後の小説「銃口」には、上富良野町と大きな関わりがありました。
この二作品について、特別企画展が次のように開催され、多くの来館者が訪れました。小説「銃口」は、「十勝岳噴火の伝承」とは離れてしまいますが、「三浦綾子記念文学館」が開催した一連の事業としてここで紹介しておきます。(後記「銃口」の項参照)
=『泥流地帯』=
@ 2001(平成13)年6月13日〜10月17日
文学館開館三周年記念特別企画展『泥流地帯』の世界〜人生の苦難を希望に変えた人々〜≠ニして、四ケ月間にわたって開催された。
開催のオープンセレモニーのテープカットは、当時の植田耕一収入役(後に助役)・三浦光世氏と共に、七人の方々がテープに鋏(はさみ)を入れた。
このオープンセレモニーには、上富良野町郷土をさぐる会から菅野稔会長・野尻巳知雄副幹事長・中村幹事長が出席した。
その際、大正噴火泥流災害時の吉田貞次郎村長三女の安井弥生さんと久しぶりに再会した。
この特別企画展の資料提供及び協力者一覧に、次のように掲載されていた。
・上富良野町教育委員会
・上富良野町郷土館・上富良野町郷土をさぐる会
・合田一道・野尻巳知雄・中村有秀
掲載省略:写真 「泥流地帯」の世界〜テープカット〜左から2人目 植田耕一収入役(2001年6月13日)
掲載省略:図 「文学館開館三周年記念特別企画展『泥流地帯』の世界」チラシ
掲載省略:写真 三浦光世氏(左)に挨拶する菅野 稔氏(右)と野尻巳知雄氏(中)
掲載省略:写真 高野斗志美館長と挨拶を交わす(中央から右へ)安井弥生さん・野尻巳知雄氏・菅野 稔氏
A 2009(平成21)年10月9日〜
2010(平成22)年3月26日
三浦綾子没後10年―綾子の歩んだ道のり―≠テーマに、小説「泥流地帯」はこうして生まれた!!≠ニする、五ヶ月間の長期の開催であった。
掲載省略:図 三浦綾子没後10年―綾子の歩んだ道のり―<`ラシ
=『銃 口』=
三浦綾子さんは、一九九三(平成五)年自身の遺言とも言われる最後の長編小説「銃口」を著しました。
この小説は、戦争の時代とも言われる「昭和」の時代、治安維持法違反のもとに、多くの教師が検挙された「北海道綴り方連盟事件」を題材にしています。
この「銃口」のモデルの一人に、「教師の土橋明次氏」がおられます。土橋先生は一九四一(昭和一六)年一月に不当逮捕され、周囲に迷惑をかけてはいけないとして、教師を依願退職されました。
その土橋家の窮状を救ったのが、旭川師範学校同期で上富良野村在住の安井洵先生(旧姓金子)でした。詳細は「郷土をさぐる誌第二三号」に掲載している、土橋明次氏・妻鉄子さんの長女、中川裕子さんが著した「上富のこと思い出すままに」と題する投稿記事と、末尾に付記した筆者(中村)の解説を参照ください。
当時東中国民学校に勤務していた安井 洵氏が、実父の金子浩上富良野村長に、明次氏の退職で収入を断たれた土橋家の窮状を訴え、力添えを頼みました。これをきっかけに、妻鉄子さんは東中国民学校助教師として一九四一(昭和一六)年一二月から勤務することになりました。
土橋明次氏は一九四三(昭和十八)年六月三十日、懲役二年・執行猶予四年の判決が言い渡されて釈放され、妻鉄子さんの住む上富良野村東中に戻り、間もなく同年一〇月に上富良野村役場に採用されました。
金子村長の配慮もあってか、鉄子さんは一九四四(昭和一九)年四月から上富良野国民学校に転勤になったため、土橋家は上富良野市街へ転居しました。
この後、土橋明次氏は一九四六(昭和二一)年一〇月三日付で北海道庁衛生部勤務になったことから、上富良野を離れることになりました。
土橋家の長女裕子さんは東中国民学校に入学、途中で上富良野国民学校に転校して、戦中戦後のあわただしい中ながらも、楽しい日々だったと、またご家族も上富良野での生活を深く感謝していたと、書かれています。
土橋明次氏は、小説「銃口」の執筆に当たり、三浦夫妻の直接の取材に協力し、数多くの資料を提供されました。
そのような関係で、小説「銃口」が、第一回井原西鶴賞の報を受けた一九九六(平成八)年九月一一日に、同じく「銃口」のモデルになった小川文武氏と共に、旭川で催されたささやかな祝賀の式に参列されました。この時の参加者には、木内綾さん、目加田祐一氏の名がありました。土橋明次氏は八五歳の高齢にも拘わらず、積年の思いと三浦綾子さんへの感謝の念を込めて、在住の東京から遠路の参加でした。(北海道新聞社編三浦綾子写真集『永遠(とわ)に』より)
@ 2005(平成17)年6月13日〜10月12日
文学館開館七周年記念特別企画展 =『銃口』三浦綾子 最後の小説=
命の大切さ・平和の尊さを訴えて開催された。
筆者は、この特別企画展で中川裕子さん提供の土橋明次氏の資料八点を見て、上富良野との繋がりを感じた時でした。また、展示資料の多さにも驚きました。
この期間の入場者が「一万三三八〇名」と記録され、関心の深さが伺えた。この翌年、中川裕子さんが上富良野町を訪れて私どもと歓談した。
掲載省略:写真 中川裕子さん来町の折(上富良野町郷土館前) 左から:岡崎トシ子・中村有秀・中川裕子・野尻巳知雄・金子隆一(同級生)
A 2014(平成26)年4月25日〜11月3日
親子で見る―特別企画展―『銃口』展
筒先は国民に向けられた
勤勉な教師が 警察に捕まる
小学生から見ることができる展示に工夫され、全国全道から集まった豊富な資料の展示を見て、よく遺されていたことを感じ見応えがあった。
『平和とは・命とは≠考える絶好の機会』にと呼びかけられた気がした。
掲載省略:図 親子で見る―特別企画展―『銃口』展チラシ
B 2014(平成26)年6月2日
小説『銃口』展での講演
親子で見る特別企画「銃口」展の開催中に、モデルの一人「土橋明次氏」の長女中川裕子さんの講演がタイムリーに『「綴り方連盟事件」回想 あの時のこと』として開催された。
「綴り方連盟事件」の家族が語るのは、三浦綾子記念文学館では初めてのことであった。
私達は、特別企画展を見学し、その後に講演会と懇談会に出席した。
その時の上富良野からの参加者は、金子隆一(中川裕子さんの小学校同級生)・岩崎治男(東中)・野尻巳知雄・中村有秀(郷土をさぐる会)の四人だった。他に、かつて東中で営農し、離農後旭川にお住いの長谷川氏も聴講しており、岩崎氏と知己の関係から一緒に記念写真に納まった。
掲載省略:図 特別企画「銃口」展―「綴り方連盟事件」回想あの時のこと―チラシ
掲載省略:写真 「銃口」展講演会2014(平成26)年6月2日左から岩崎・金子・中川・野尻・中村・長谷川
C 2019(令和元)年7月6日
東中小学校開校一二〇周年記念講演会
東中の歴史から〜いま この町の教育の足跡に学ぶ≠演題として、講師に「綴り方連盟事件―銃口」の土橋明次氏の長女で東中小学校において学んだ「中川裕子さん」と「生活図画事件」の生き証人「菱谷良一氏」によって、会場を東中会館に開催された。
主催は「おかえりなさい 裕子さん」実行委員会で、上富良野町郷土をさぐる会は協賛団体として参画した。
実行委員長の高松克年氏は、この記念講演実現のために、大阪の中川宅まで足を運ばれた。
掲載省略:図 東中小学校開校一二〇周年記念講演会チラシ
掲載省略:写真 東中小学校120周年記念講演会 中川さん(前列右から2人目)、高松実行委員長(前列右端)
《取材協力者》
取材にご協力、ありがとうございます。
誠に失礼ながら、敬称は省略させていただきます。
(順不同) 札 幌 市 木 原 直 彦 合 田 一 道 旭 川 市 三浦綾子記念文学館
旭川文学資料館和 寒 町 和寒町役場産業振興課 上富良野町 佐 川 泰 正
上富良野町郷土館
上富良野町図書館ふれんど
上富良野町総務課
《参考文献》
・「氷点」を旅する 三浦綾子記念文学館編著 ・綾子の小説と私―三浦綾子創作秘話 三浦光世著 ・図録 三浦綾子 公益財団法人三浦綾子記念文化財団 ・三浦綾子生誕一〇〇年 記念アルバム 公益財団法人三浦綾子記念文化財団 ・「三浦綾子全集」第二十巻 主婦の友社年譜・著作目録 村田和子編 ・やまと共に生きる「十勝岳」〜1926(大正15)年噴火泥流災害90年回顧誌 上富良野町郷土をさぐる会発刊 ・十勝岳爆発災害復興六〇周年記念 三浦綾子「泥流地帯」文学碑建立記念の栞 建立実行委員会 ・「天使のトランペット」 安井吉典著 ・上富良野町開基百年記念誌 上富良野町
《参照WEBサイト》
・三浦綾子記念文学館WEBサイト
・和寒町WEBサイト
・旭川市WEBサイト
・上富良野町郷土をさぐる会WEBサイト
機関誌 郷土をさぐる(第42号)
2025年3月31日印刷 2025年4月1日発行
編集・発行者 上富良野町郷土をさぐる会 会長 和田昭彦