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6章 戦後の上富良野 第4節 自衛隊演習場の誘致

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3、保安隊と町との折衝

 

 保安隊の設置

 政府は、27年8月1日警察予備隊と海上警備隊を統合して、保安庁を設置し、2つの部隊を一元的に運営することとした。さらに警察予備隊は、10月に保安隊と改称し、「わが国の平和と秩序を維持し人命及び財産を保護するため特に必要ある場合に行動する」と任務が定められるとともに、国内治安に対する警備力を強化するため、定員も7万5,000人から11万に増強された。保安隊は、東西の冷戦が激化しつつある情勢を背景に、北海道を重視する姿勢をとり、全国唯一の方面隊である北部方面隊(総監部は札幌)と全国の4カ所に置かれた管区隊の1つを旭川に設置した(第二管区隊)。道内全体では15のキャンプをもち隊員数3万1,000人へと増強された。さらに新装備として戦車や大砲などが配備された。

 しかし演習地は限られ、駐屯地付近の小演習場及びアメリカ軍使用中のものを借用せざるを得ない状態であり、演習場の確保が緊急の課題となってきた。特に5,000人の隊員を抱え道内最大の駐屯地である旭川部隊には適当な演習地が不足する状態が続いていた。

 さて保安庁の規定によると、大演習場は、管区隊・方面隊ごとに1カ所を設置し、総合演習場に位置付けられ、面積30,000万坪(9,917.4f)を基準とした。また中演習場については、管区ごとに3カ所置き、面積250万坪(826.4f)が必要とされた。保安隊の計画大綱は9月に決定されたが、その中で上富良野は雄武とともに、管区演習場(大演習場)の候補地と位置付けられていた(『北海道新聞』同27・8・12夕刊)。

 

 28年前半の動き

 28年臨時第1回町議会(1月30日)の席上で町長が、

 

 上京の際保安隊等にも行き、又大蔵省にも行ったが保安隊としても整備の関係上、はっきり云へないが、昭和二十八年度に実現出来るよう方向にもって行き度いと云ふはっきりした説明にならなかった。関係住民が不安な気持で一日一日を暮して居るので実現不可能であるならあると云ってもらいたい、又買収費についても関係住民に納得の行くように願い度い旨を述べて来たが、はっきりして居らないので本日報告を控へて居た次第である。

 

と答弁しているように、誘致問題はなかなか進展しなかった。臨時第2回(3月9日)町議会や定例第2回町議会(5月29日)などで町長は、保安隊演習場について説明しているが(議事録はその内容を記載せず)、停滞状態が続いた。

 これは上富良野について「保安庁で計画されている地域と異なった地域が、最近申し入れになっている」と第2回道議会(6月18日)で知事が答弁しているように、保安隊側が大演習場として、広範囲な用地の獲得を計画していたことによるものであった。

 

 反対運動の高まり

 大演習場となると、先述のように、約1万町歩の土地が必要とされることとなり、農民たちの中からも反対論が出てくるようになった。28年は、全国的に米軍及び保安隊の演習地を巡っての反対運動が激化した年であった。この動きは北海道にも及んだ。全道労協及び農民同盟は、5月21日に企画闘争委員会を結成し、同月24日には全道軍事基地演習地関係地域代表者会議を開いた。この場で各地からの代表の一人として上富良野の代表も報告している(『北教組史』第3集)。また日本農民組合・北海道農民組合は、上富良野に調査団を送り、地区労協・農民同盟などと共同闘争を組もうとした。7月4日には旭川で農民団体有志懇談会(社会党・共産党・日農・農民同盟で結成)が開かれ、「全上川の再軍備反対の勢力を結集し、現地農民の土地を守るたたかいを応援」することを決定した(『北海道農民組合運動五十年史』)。

 さらに全道労協は、8月11日に「門別・大島(以上はアメリカ軍演習場候補地)・上富良野を突破口」として、演習地反対運動を展開する方針を定め、29日には演習地反対道民大会を開いた(『全道労協運動史』)。このように上富良野の演習地問題は全道の注目を浴びるようになった。町内からも1万町歩買収案には不安の声が上がり始め、補償内容に対する不満もあり反対の機運が出てきた(『北海道新聞』昭28・5・26朝刊、7・8朝刊、9・12朝刊など)。

 

 保安隊の買収案の問題点と町の対応

 大演習場として1万町歩を確保しようとする保安隊の買収案には、いくつかの疑問が残るものであった。すなわち、

 1、開拓予定地421町歩(現況は山林)、水田69町歩、畑1,062町歩、関係農家251戸、要立退農家236戸という大規模なものであること

 2、民有林買収の場合の立木は買収対象外であるなど、補償内容に対する不満

 3、風水害対策の必要性

 4、森林伐採後の新たな薪炭林の確保の必要性

 5、水源涵養林の伐採による町農業に与える影響が大きいこと

 6、国立公園十勝岳登山コースの確保

などについての問題点が鮮明となってきたのである(『北海道新聞』同9・12日朝刊など)。

 町内外での反対運動の高まりもあり、町としても事態を重視して、対策を練ることとなった。8月25日に議会は協議会を開き保安隊演習地に対する決議書を作成することにして、各常任委員長を起草委員に選んだ。そして9月1日には起草委員会を開き決議案を作り、4日の臨時第4回町議会に提出した。この決議案の審議の過程では激論が交わされた。結局出席議員24名中賛成18名で議決された。全員一致ではなかったことに明らかなように、議員間にしこりを残す結果となり、この後も誘致をめぐって、ぎくしゃくした関係が続くことになった。決議書と要望事項を全文引用する。

 

     北海道空知郡上富良野町保安隊演習地に對する決議書

 上富良野町は國立公園十勝岳山麓地區にある純農の町で上川支廳管内に於ける主要米雑穀生産地帯であり之が農業生産は本町經濟を左右する重要産業であるので農業振興上に及ぼす影響を考慮せずして廣大な保安隊演習場を設置されることは本町の死活を制する重大な問題であります故に上富良野町に保安隊演習場設置希望の趣にて昭和二十六年秋頃より諸種の實情調査あり爾後屡々話がありましたとき本町に保安隊演習地設置の場合は薪炭備林及び防風林並に水源涵養林として重要なる役割を占める森林を伐採する計畫であるとすれば此地より發する水源に依存する本町及び中富良野村の水田一〇〇〇余町歩の潅漑は現在に於ても枯渇勝ちの現状より見て旱拔期には極端な水不足となることは言を待たぎるところであり降雨期には河川氾濫はもとより石英粗面岩質である十勝岳山麓地帯は地隙と表土流芒の危険に晒されこれが對策に腐心して居る本町として農業經榮に一大蹉跌を招來し農民の生活に大なる支障を與えることは極めて明瞭であります

 依って本町農業經榮を阻害の虞ある別紙要望事項を實施して戴かない限り之に對處するの途なく演習場設置にあたっては本要望に對し適切なる措置を講ぜらるゝよう切望して居りましたが事毎に結論なき話合にて現在に至るも末だ何等明らかな指示なくこの渦中にある地元農民は農業經榮に不安な日を過ごし加へて客観状勢に支配されて世論沸騰し社會不安に迄發展し町行政に甚大なる影響を及ぼす問題ともなって居りますので止むなき場合は保安隊演習場を十勝岳山麓に設置さるゝにあたっては飽くまでも三千二百町歩以内に於て民生安定の策を講ぜられるよう本議會の決議を以て要望致します

 別紙要望事項

 一、水源涵養林の存置方について

   現在べゞルイ川及ヌッカクシフラヌイ川下流水田一〇〇〇余町歩の補給水源地となっているのでこの流域の水源林は永久に存置していたゞき度い

 二、防風林の設置について

   十勝岳山麓は毎年春秋季節強風により農作物の被害も大きいので同地域内に防風林地帯を是非存置していたゞき度い

 三、地隙防止工事の施工について

   本予定地は現在殆んど雑木散生林であり地隙の生じたところはないが演習場設置のあかつきは立木伐採等により一大地隙を起こしやすいところであるので将來共これか防止につき適當な工事をしていただき度い

 四、河川護岸工事の施工について

   豪雨出水により河川氾濫し農作物の被害は免かれないのでべゞルイ川、ヌッカクシフラヌイ川沿岸の護岸工事を完全にしていたゞき度い

 五、農地を必要とする場合の代替地の確保について

   農地を失なう農民に對しては代替地の確保についても特別配慮願い度い

 六、道路の整備について

   演習場に關係のある一切の道路に對しての路面擴張並補修を行い農業生産用道路交通に些かの支障もないようにお願いし度い

 七、貯水池並溝路の新設について

   旱天續きのときは河川の水量著しく減水し水田潅漑に大きな支障があるので潅漑溝路と貯水池を要点に新設していたゞき度い

 

 当初町が希望した3,200町歩以内に縮小することと、後に「七項目要求」と呼ばれることになるこの要望事項の受け入れを条件とする、演習場の誘致という方針を打ち出したのである。この決議書は、8日・9日に、起草委員らが第二管区隊(旭川)・北部方面隊(札幌)にもって行くことになった。

 さらに12月2日になって、町長・議長らは、不安を抱く31名の関係町民を集めての「演習地のことについてお話の会」を開き、町として初めて経過説明を行うとともに、補償等についての要望を聴取するなど、町民との意志疎通を図りながら誘致を進めて行くことになった。

 

 道庁の対応

 9月上旬になって保安隊から28年度の演習場計画が道庁に伝えられた。保安隊は道庁に対して、演習地として同年度予算措置の限度内で緊急取得したい地域名をあげ、その中で大演習場として上富良野1万町歩と雄武を候補地とした。その内容は上川支庁を通じて町に知らされた(『北海道新聞』旭川版、同9・17朝刊)。

 この間題はきっそく第3回の定例道議会(9月25日)で取り上げられ、副知事の野口常利は「九月十四日、関係官庁に連絡、接収地区の規模等について、保安隊側より事情を聴取し、合わせて、農林業、道路、河川、工業等について、各部内ごとに現地の実情を調査しているということで、現在はまだ、現地において調整的な打ち合わせをしているという段階にある」と答弁した。

 道庁の農地開拓部・林務部などは、候補地内に開拓地が含まれていること、1,000町歩の国立公園用地が入っていること、観光の利用拠点となっている吹上温泉が演習場に近いこと、国立公園からの除外手続きが難しいことなどの理由をあげて強硬な反対姿勢を見せた(『北海道新聞』旭川版、同9・13朝刊、同12・12夕刊など)。そして、12月18日の道庁部長会議では激論が交されたあげく、道としての方針が決定された。その結果、中小演習場は承認されたたが、函館・雄武とともに十勝岳山麓の演習地については保留となったのである。

 

 七項目要求に対する保安隊の方針

 さて七項目要求を携えて、10月には町長らが上京した。しかしその後も保安隊側からの返答はなかった。ようやく29年2月になって、保安隊の総務課長名で北部方面総監の中央建設部長に宛てて、七項目要求への回答方針の通達が届いた(29年2月2日通達)。部外秘扱いのこの文書には、

 

 「一、水源涵養林の存置方について」は、「要望にそうように努力する」

 「二、防風林の設置について」と「三、地隙防止工事の施工について」は、「演習による草木の枯死等のため、水源の不足をきたすことが予測されるので、その補充対策ともあわせて一定の計画のもとに、苗木等を植えることにより要望にそうようにする。演習のための立木伐採等は極力とりやめ、地隙防止に留意することとし、将来防止工事を要する情勢になった場合には、適当な工事を実施するように努力する。」

 「四、河川護岸工事の施工について」は、「降雨による出を助長するような草木伐採は極力避けることとする。河川氾濫の因をなすような情勢に立ち至った場合には、護岸工事の補修により要望にそうよう考慮する。」

 「五、農地を必要とする場合の代替地の確保について」は、「極力農耕地を避けることとする。」

 「六、道路の整備について」は、「要望にそうよう努力する。」

 「七、貯水池並溝路の新設について」は、「農林省等に事情説明して調査研究」し、「その実現に努力することとする。」

 

との文言がある(回答内容は一部省略)。

 具体的な内容には乏しいとはいえ、保安隊側は町の要望に沿うよう努力するという方針を示したものと思われる。この通達には肝心の演習地を3,200町歩以内に縮小することへの言及はない。また町に残されている公文書にも演習地面積についての保安隊側の正式な回答を示すものは残されていない。しかし要望事項への肯定的な回答から判断からして、当然縮小の受け入れが前提となっていたと考えられる。