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5章 昭和初期と戦時下の上富良野 第2節 昭和戦前期の農業と林業

596-604p

1、冷害と戦時統制下の農業

 

 恐慌と農作物の暴落

 大正15年の十勝岳噴火による大災害は、上富良野の農民たちに極めて大きな打撃を与え、その直後の絲屋銀行休業は経済的な困窮に追い打ちをかけた。しかし、昭和に入っても農民たちの苦境はこれに止まらなかったのである。絲屋銀行の休業に代表される多くの地方銀行の破綻は、翌2年に日本に金融恐慌を呼び起こし、さらに4年にアメリカに始まった空前の大恐慌は、日本はもとより世界的な経済危機を生じさせた。そのなかでほとんどの農産物が大暴落となり、農民たちはより厳しい苦境に立たされることになったのである。

 表5−10から表5−13までは、大正期同様、元農会技術員の岩田賀平の所蔵する資料をもとに、昭和戦前期における上富良野の主要農作物生産の推移をまとめたものである。ここからも分かるように、一部の例外を除き昭和期に入ってから各作物の単価の下落には、はなはだしいものがあった。『自昭和二年統計報告控』(役場蔵)は、道庁や上川支庁に報告する主として産業統計資料の控えを綴ったものだが、その報告書類の備考欄の添え書きに、当時の農民の苦境を伝える次のような記述がある。

 

 戸数人口共前年ニ比シ減少セルハ農作物不況ノ余波ヲ受ケ他村へ転居或ハ都市へ移転セル者多クアルタルニ依ル(「農業作業戸数及人口」昭和三年末現在)前年ニ比シ五反歩未満ノ農業者増加セルハ農業ノ余暇日庸ヲ為ス者多クナリタルニ依ル。前年ニ比シ三町歩以上及五町歩以上ノ小作者増加セルハ生産品ノ安価トナリタル為、大面積ノ経営ニ作ザレバ生計困難ナル結果ナリ。(「耕作反別ニ依ル農作業戸数」昭和三年末現在)

 

 表5−10 主要作物の反別及び収穫高

  (水稲)

 

耕作反別

反収

収穫高

単価

昭和2

1,525町

157升

23,947石

22.00円

昭和3

1,617町

150升

24,911石

22.00円

昭和4

1,718町

125升

21,429石

23.10円

昭和5

1,794町

140升

25,122石

13.70円

昭和6

1,806町

48升

8,692石

13.40円

昭和7

1,557町

42升

6,619石

18.00円

昭和8

1,692町

207升

35,075石

18.00円

昭和9

1,692町

119升

20,205石

24.00円

昭和10

1,751町

93升

16,288石

24.90円

昭和11

1,752町

196升

34,321石

23.50円

昭和12

1,723町

200升

34,487石

27.80円

昭和13

1,737町

220升

38,207石

29.00円

昭和14

1,768町

201升

35,604石

37.75円

昭和15

1,767町

142升

25,124石

36.87円

昭和16

1,784町

113升

20,186石

昭和17

1,777町

186升

33,029石

40.40円

昭和18

1,786町

190升

33,945石

昭和19

1,645町

181升

29,734石

昭和20

1,492町

73升

10,961石

  (小麦)

 

耕作反別

反収

収穫高

単価

昭元2

252町

80升

2,020石

17.50円

昭和3

294町

80升

2,350石

17.20円

昭和4

428町

81升

3,470石

12.70円

昭和5

367町

95升

3,486石

12.50円

昭和6

300町

76升

2,278石

6.60円

昭和7

216町

109升

2,353石

14.05円

昭和8

407町

95升

3,849石

12.00円

昭和9

489町

119升

5,837石

13.10円

昭和10

562町

109升

6,149石

15.60円

昭和11

733町

94升

6,923石

19.00円

昭和12

756町

87升

6,593石

21.00円

昭和13

817町

117升

9,571石

23.30円

昭和14

954町

124升

11,834石

23.80円

昭和15

1,102町

81升

8,901石

22.50円

昭和16

1,111町

83升

9,269石

昭和17

1,099町

86升

9,453石

24.25円

昭和18

1,096町

44升

4,783石

35.00円

昭和19

932町

55升

5,170石

19.50円

昭和20

805町

55升

4,455石

   岩田賀平の統計資料より作成

 

 表5−11 主要作物の反別及び収穫高

  (大豆)

 

耕作反別

反収

収穫高

単価

昭和2

122町

80升

980石

15.00円

昭和3

117町

30升

350石

14.10円

昭和4

98町

85升

830石

14.40円

昭和5

96町

100升

960石

7.00円

昭和6

128町

60升

769石

7.10円

昭和7

76町

30升

228石

6.80円

昭和8

109町

90升

977石

11.00円

昭和9

207町

46升

941石

12.30円

昭和10

113町

40升

451石

14.20円

昭和11

117町

97升

939石

14.20円

昭和12

362町

92升

3,322石

12.65円

昭和13

334町

54升

1,807石

17.00円

昭和14

323町

93升

3,002石

33.40円

昭和15

346町

62升

2,153石

29.65円

昭和16

429町

28升

1,202石

昭和17

570町

24升

1,347石

25.30円

昭和18

477町

15升

715石

25.80円

昭和19

419町

45升

1,872石

41.40円

昭和20

133町

12升

159石

  (裸麦)

 

耕作反別

反収

収穫高

単価

昭和2

264町

80升

2,110石

13.50円

昭和3

218町

80升

1,740石

14.50円

昭和4

216町

75升

1,618石

11.65円

昭和5

200町

95升

1,896石

10.10円

昭和6

239町

80升

1,909石

8.20円

昭和7

311町

60升

1,868石

10.55円

昭和8

311町

80升

2,487石

10.20円

昭和9

243町

100升

2,428石

11.30円

昭和10

254町

112升

2,848石

11.20円

昭和11

322町

100升

3,220石

17.20円

昭和12

307町

92升

2,830石

16.80円

昭和13

279町

115升

3,213石

16.30円

昭和14

245町

117升

2,776石

16.50円

昭和15

236町

104升

2,452石

17.00円

昭和16

308町

108升

3,322石

昭和17

351町

77升

2,713石

28.50円

昭和18

405町

21升

831石

33.35円

昭和19

352町

45升

1,591石

19.00円

昭和20

274町

39升

1,064石

  (莱豆類)

 

耕作反別

反収

収穫高

単価

昭和2

437町

70升

3,060石

14.08円

昭和3

473町

30升

1,420石

20.25円

昭和4

463町

78升

3,610石

19.30円

昭和5

778町

88升

6,346石

7.90円

昭和6

710町

40升

2,836石

12.15円

昭和7

773町

18升

1,404石

15.00円

昭和8

673町

104升

7,017石

10.20円

昭和9

644町

74升

4,751石

12.35円

昭和10

664町

62升

4,126石

23.00円

昭和11

719町

95升

6,810石

19.70円

昭和12

972町

115升

11,195石

15.05円

昭和13

778町

52升

4,048石

19.55円

昭和14

816町

110升

8,260石

47.00円

昭和15

835町

77升

6,453石

39.00円

昭和16

586町

89升

5,200石

昭和17

523町

102升

5,327石

20.00円

昭和18

354町

84升

2,972石

昭和19

203町

84升

1,705石

29.20円

昭和20

72町

28升

202石

  (小豆)

 

耕作反別

反収

収穫高

単価

昭和2

310町

100升

3,100石

17.00円

昭和3

391町

25升

978石

25.00円

昭和4

323町

90升

2,910石

18.00円

昭和5

367町

86升

3,152石

11.25円

昭和6

437町

60升

2,620石

12.20円

昭和7

537町

50升

2,690石

22.00円

昭和8

615町

83升

5,100石

11.40円

昭和9

605町

60升

3,618石

15.00円

昭和10

607町

44升

2,627石

20.30円

昭和11

521町

82升

4,099石

19.30円

昭和12

473町

105升

4,967石

17.50円

昭和13

500町

57升

2,848石

23.85円

昭和14

356町

102升

3,642石

49.75円

昭和15

345町

72升

2,473石

42.00円

昭和16

285町

28升

798石

昭和17

165町

100升

1,653石

29.30円

昭和18

128町

60升

765石

36.80円

晒和19

97町

96升

934石

38.50円

昭和20

47町

27升

128石

   岩田賀平の統計資料より作成

 

 表5−12 主要作物の反別及び収穫高

  (玉蜀黍)

 

耕作反別

反収

収穫高

単価

昭和2

57町

120升

680石

17.50円

昭和3

63町

100升

630石

17.20円

昭和4

62町

120升

740石

12.70円

昭和5

62町

120升

742石

12.50円

昭和6

64町

72升

464石

6.50円

昭和7

57町

60升

342石

14.05円

昭和8

92町

120升

1,106石

12.00円

昭和9

121町

88升

1,068石

13.10円

祀和10

77町

88升

678石

15.60円

昭和11

112町

91升

1,022石

19.00円

昭和12

176町

123升

2,156石

21.00円

昭和13

251町

87升

2,191石

23.30円

昭和14

234町

88升

2,066石

23.80円

昭和15

355町

64升

2,271石

22.50円

昭和16

456町

149升

6,791石

昭和17

369町

128升

4,719石

24.25円

昭和18

414町

92升

3,812石

35.00円

昭和19

401町

92升

3,691石

19.50円

昭和20

  (豌豆)

 

耕作反別

反収

収穫高

単価

昭和2

351町

77升

2,700石

19.25円

昭和3

昭和4

昭和5

220町

60升

1,328石

12.85円

昭和6

353町

53升

1,869石

11.20円

昭和7

355町

53升

1,886石

17.10円

昭和8

263町

80升

2,103石

19.95円

昭和9

362町

116升

4,208石

19.10円

昭和10

374町

69升

2,580石

17.95円

昭和11

365町

94升

3,444石

19.25円

昭和12

261町

79升

2,069石

28.15円

昭和13

168町

90升

1,508石

20.70円

昭和14

203町

104升

2,112石

35.15円

昭和15

68町

78升

580石

29.50円

昭和16

7町

132升

89石

昭和17

3町

60升

15石

27.00円

昭和18

1町

65升

7石

44.00円

昭和19

2町

42升

6石

39.00円

昭和20

2町

52升

8石

  (燕麦)

 

耕作反別

反収

収穫高

単価

昭和2

969町

150升

14,540石

6.70円

昭和3

809町

150升

12,140石

6.40円

昭和4

964町

125升

12,050石

5.65円

昭和5

1,020町

280升

28,566石

5.90円

昭和6

1,072町

200升

21,448石

3.60円

昭和7

1,180町

170升

20,053石

4.25円

昭和8

1,146町

200升

22,918石

4.40円

昭和9

1,165町

200升

23,294石

4.70円

昭和10

1,175町

189升

22,204石

4.90円

昭和11

1,245町

180升

22,408石

6.80円

昭和12

1,382町

168升

23,223石

7.80円

昭和13

1,738町

216升

37,541石

9.10円

昭和14

1,756町

219升

38,369右

9.50円

昭和15

1,638町

184升

30,072石

12.00円

昭和16

1,908町

202升

38,560石

昭和17

1,934町

193升

37,245石

14.00円

昭和18

1,800町

63升

11,250石

16.00円

昭和19

1,417町

170升

24,086石

7.93円

昭和20

1,235町

152升

18,778石

  (蕎麦)

 

耕作反別

反収

収穫高

単価

昭和2

171町

80升

1,370右

7.00円

昭和3

197町

50升

980石

9.00円

昭和4

164町

30升

490石

10.00円

昭和5

191町

50升

956石

6.50円

昭和6

227町

40升

909石

5.30円

昭和7

142町

30升

426石

6.00円

昭和8

154町

100升

1,539石

6.00円

昭和9

126町

110升

1,388石

6.50円

昭和10

124町

113升

1,401石

10.10円

昭和11

125町

98升

1,230石

9.80円

昭和12

192町

132升

2,537石

6.90円

昭和13

144町

89升

1,278石

10.50円

昭和14

99町

84升

830石

13.00円

昭和15

99町

60升

594石

22.00円

昭和16

187町

77升

1,435石

昭和17

238町

80升

1,901石

22.00円

昭和18

186町

85升

1,538石

19.80円

昭和19

131町

89升

1,156石

37.50円

昭和20

106町

67升

713石

   岩田賀平の統計資料より作成

 

 表5−13 主要作物の反別及び収穫高

  (亜麻)

 

耕作反別

反収

収穫高

単価

昭和2

9町

432听

38,900听

昭和3

88町

351听

308,900听

昭和4

160町

293听

468,800听

昭和5

144町

338听

486,700听

昭和6

120町

404听

484,800听

昭和7

101町

348听

351,500听

昭和8

153町

334听

511,000听

昭和9

115町

420听

483,000听

昭和10

146町

381听

556,300听

昭和11

153町

346听

529,400听

昭和12

175町

274听

479,500听

昭和13

245町

427听

1,046,200听

昭和14

355町

454听

1,611,700听

昭和15

374町

382听

1,428,700听

昭和16

412町

420听

1,730,400听

昭和17

438町

418听

1,830,800听

昭和18

532町

226听

1,202,300听

昭和19

558町

321听

1,791,200听

昭和20

562町

288听

1,618,600听

  (馬鈴薯)

 

耕作反別

反収

収穫高

単価

昭和2

57町

250貫

142,500貫

17.50円

昭和3

118町

180貫

212,400貫 ̄

17.20円

昭和4

72町

210貫

151,200貫

12.70円

昭和5

70町

200貫

140,000貫

12.50円

昭和6

74吋

160貫

118,100貫

6.50円

昭和7

82町

180貫

147,600貫

14.05円

昭和8

111町

170貫

188,200貫

12.00円

昭和9

109町

200貫

218,000貫

13.10円

昭和10

136町

200貫

278,000貫

15.60円

昭和11

193町

306貫

590,900貫

19.00円

昭和12

244町

480貫

1,170,700貫

21.00円

昭和13

268町

360貫

963,400貫

23.30円

昭和14

314町

380貫

1,191,300貫

23.80円

昭和15

319町

300貫

955,500貫

22.50円

昭和16

243町

375貫

911,300貫

昭和17

345町

300貫

1,035,900貫

24.25円

昭和18

392町

300貫

1,176,600貫

35.00円

昭和19

374町

322貫

1,204,300貫

19.50円

昭和20

409町

229貫

935,500貫

  (除虫菊)

 

耕作反別

一反収

収穫高

単価

昭和2

210町

8〆

16,800〆

2.50円

昭和3

184町

12〆

22,080〆

4.30円

昭和4

211町

14〆

29,540〆

2.70円

昭和5

249町

14〆

34,860〆

2.20円

昭和6

261町

9〆

23,920〆

2.00円

昭和7

310町

6〆

18,600〆

3.10円

昭和8

382町

8〆

30,570〆

5.00円

昭和9

549町

6〆

31,000〆

5.15円

昭和10

718町

7〆

50,270〆

1.98円

昭和11

676町

7〆

47,340〆

1.90円

昭和12

625町

7〆

45,480〆

3.50円

昭和13

628町

7〆

45,960〆

4.90円

昭和14

633町

10〆

61,770〆

昭和15

597町

6〆

37,370〆

6.40円

昭和16

496町

7〆

35,600〆

昭和17

433町

8〆

33,780〆

昭和18

412町

7〆

26,840〆

5.75円

昭和19

362町

8〆

28,950〆

6.85円

昭和20

335町

6〆

18,900〆

  (甜菜)

 

耕作反別

反収

収穫高

単価

昭和2

 

昭和3

 

昭和4

 

昭和5

298町

2,979斤

8,751,630斤

昭和6

291町

2,681斤

7,810,220斤

昭和7

227町

2,762斤

6,258,640斤

7.00円

昭和8

260町

2,475斤

6,430,550斤

7.00円

昭和9

258町

2,697斤

6,951,650斤

12.00円

昭和10

262町

2,431斤

6,369,220斤

12.00円

昭和11

345町

2,547斤

8,795,950斤

12.00円

昭和12

323町

2,196斤

7,087,850斤

12.00円

昭和13

283町

2,291斤

6,435,000斤

12.00円

昭和14

275町

1,781斤

4,902,000斤

12.00円

昭和15

223町

1,394斤

3,109,110斤

12.00円

昭和16

214町

2,604斤

5,581,870斤

12.00円

昭和17

202町

2,249斤

4,546,080斤

12.00円

昭和18

219町

1,178斤

2,581,890斤

20.00円

昭和19

164町

993斤

1,630,790斤

20.00円

昭和20

213町

997斤

2,123,770斤

40.00円

   岩田賀平の統計資料より作成

 

 連続の冷害凶作

 しかも、さらに追い打ちをかけるできごとが続いた。昭和6年、7年、9年、10年と、大正2年の冷害大凶作以来ともいわれる冷害大凶作が、連続して襲ってきたのである。先に掲げた表5−10〜13の各表からも、これらの年の収穫高の落ち込みは明らかである。上富良野の農民たちにはこの時期、十勝岳噴火による災害、恐慌による作物の暴落、そして冷害大凶作と、三重の苦難が襲いかかったことになり、まさに彼らは貧困へのどん底へ追いやられていったのである。

 『昭和六年度事務報告書』(役場蔵)には「凶作ニ因ル特別税反別割ノ免除」の項目がある。そこには「凶作ノタメ収穫皆無ニ帰シタル土地ニ対シ左記ノ通リ特別税反別割ノ免除ヲ為セリ」と、税額免除の表が掲げられているのだが、これによるとこの年の収穫皆無反別は3,626反7畝29歩、免除税額が2,363円26銭で、人員は137名にも上っているのである。また、前述の『自昭和二年統計報告控』の添え書きには、経済恐慌や冷害凶作に関連した人々の苦境について次のような記述もある。

 

 小作人副業者ノ増加セルハ、市街地商工者及日雇業者ノ米飯耕作者増加セルニヨル(「農作業戸数及人口」昭和六年末現在)前年ニ比シ自作農ノ減ジタルハ不況ノタメ、債務ニ土地ヲ収得セラレタル者増加セルニヨル(「農作業戸数及人口」昭和七年末現在)

 

 市街地の商工者なども自給のための「米飯耕作」が増加しているというのだから、経済的危機は農民に限らず上富良野全体に及んでいたことが分かる。なお、冷害の実態については本章第5節「昭和戦前期の社会」にも詳しい。

 

 冷害への対策

 このような上富良野全体を覆う経済危機に対し、やがて様々な対策が取られるようになる。そのひとつの柱となったのが農村救済と再建を目的とした農山漁村経済更生運動であり、経済更生計画の樹立や負債整理組合の設立であった。上川支庁では8年1月から運動の指導を開始しているが、経済更生計画や負債整理組合については「昭和前期の行政」で既に述べられている。ここでは農業技術の側面を中心に記述を進めていくこととする。

 まず稲作では、昭和期に入っても耐冷品種導入への試行錯誤が続いていたと考えられる。そのなかで北海道農事試験場上川支場が、府県品種との交配によって初めて誕生させたのが「富国」であった。この品種は「坊主」系統より多収で耐肥性が強いといわれていた。『上富良野町史』には次のように記されている。

 

 交雑育種法によって育成された富国が普及されたのが昭和10年からで、農林二十号がこれにつづき、農民の品種に対する注意をよびさまし、昭和16年後の栄光の普及の基礎をなしたのである。

 

 ここにもあるように「富国」の優良品種決定は10年だが、『自昭和二年統計報告控』から翌11年における上富良野の品種別作付け反別を紹介すると、粳米の作付け1,587町3反のうち「チンコ坊主」(一号、二号の合算であろう)が784町4反と約50lを占め、「在来坊主」が497町4反、「坊主二号」が122町9反とこれに続いている。「在来坊主」が意外に多く、大正13年に優良品種に決定されていた改良種の「チンコ坊主」がまだ主流であることが分かる。

 しかし、『上川開発史』によれば「富国」は上川地方で「昭和十三、四年ころまでもっとも多く栽培された」といわれ、上富良野でも同様の推移をたどったと考えられる。ただ「昭和十五年の稲熱病が大発生したとき被害がきわめて大きかったため」(『上川開発史』)、いずれも16年に優良品種に決定されていた「農林二十号」「栄光」などへ、『上富良野町史』にも記されているようにその主役の座を譲るのである。

 

 温冷床栽培の導入

 また、冷害対策として最も大きな役割を果たしたのが、それまで主流だった直播栽培に代わり、取り入れられるようになった温冷床栽培である。この苗代技術は和寒町の農民たちが昭和5年ころから独自に取り組んだのが嚆矢で、これに北海道農事試験場なども加わって改良を重ね全道に広がったといわれる。普及に関してはこの時期、抵当流れなど全道にまたがって大量の土地を所有していた北海道拓殖銀行がこの技術に着目、所有する土地の小作人などに『床苗による稲作法』(昭10)というパンフレットを配布するなど、積極的な奨励策を取ったことが大きな力となり、さらに12年から道庁は温床苗代設置に対し奨励金を交付したことが普及への決め手となったという(『北海道農業発達史』)。

 上富良野に関しては、床鍋正則「水田農作業の移り変わり」 (『郷土をさぐる』5号)には、直播器の説明に続き次のような記述がある。

 

 その後、冷害対策の一環として油紙障子による温冷床苗代が生まれ、つづいて各種の育苗様式や方法の改良変遷を経ながら、今日のビニールハウスによる箱育苗や、田植機の出現によって作業形態は一変してしまった。

 

 また『旧村史原稿』には次のように記されている。

 

 昭和十七年度に於いて水稲の冷温床苗代を適□組入れて労力の案配と安全確実なる収穫法を採りたるは特筆に値す。

 

 本格化は戦後といわれるが、これらの記述から、上富良野では遅くとも17年頃には一部で、温冷床栽培の技術が取り入れられたと思われるのである。

 昭和戦前期は冷害凶作とともに病害虫による被害も多発していた。前記の床鍋正則「水田農作業の移り変わり」(同)にも泥負虫の駆除に関連し「昭和十年代になってから薬剤防除時代に入った。ニホナードという批素剤を二重瓶式背負型噴霧器で散布した」という記述があるが、『昭和六年度事務報告書』では当時の防除に関連して次のように報告している。

 

 前々年以来発生セル水稲泥負虫ハ村内一般ニ蔓延発生セル為、村農会ト連繋薬剤ノ使用撒布及舟形網等ニ依リ極力之ガ防除ヲ励行セル結果、被害ヲ未然ニ防ギタリ。

 

 なお、この当時、空知地方から次第に広がって問題になった稲熱[いもちち]病対策として、種もみをフォルマリン希釈液で消毒し、二次発生の防止としてボルドー剤の散布など総合防除法の普及(『新北海道史』第五巻、『北海道農業発達史』)が知られている。「昭和十五年には稲熱病の大害を被りたる」(『旧村史原稿』)との記録はあるが、上富良野における取り組みの詳細は分からない。

 

 写真 降霰被害を受けた温床苗床(昭和14年)

  ※ 掲載省略

 

 寒地農業への取り組み

 一方、畑作を含む農業建て直し対策としては、農業合理化の方針が掲げられ、ことあるごとに強調されるようになった。これは昭和7年10月の道庁訓令「農業合理化ニ関スル件」(第48号)によって制定された方針と実施要項からなるもので、その農業合理化目標として「@農業経営の複雑化、A農業経営の集約化、B長期輪作化、C地力の維持増進、D農業の機械化、E特殊土壌の改良、F農産物の倍収竝に特産作物の選定、G防護植樹、H住宅竝に生活の改善、I農産加工化、J農産物販売の改善」を掲げ、単なる精神的目標ではなく、技術面にも重点を置いたものであった(『新北海道史』第5巻)。

 この実施にあたっては農会、畜産組合、産業組合、さらには後述する農事実行組合などを通し計画と実行が奨励されることになるのだが、上富良野でも経済更生計画の実施とも絡みながら、農政や営農指導のなかに反映されていったと考えられる。昭和10年には後述する自作農創設事業の強化を図るため、村役場によって「上富良野村自作農扶殖計画要綱」(『昭和十年村会関係書類』所収、役場蔵)が定められている。このなかにも農業合理化方針を援用したところがあるので、その一部を紹介する。

 

 以上、扶助シタル自作農家ハ、本村経済更生計画ニ定メタル合理的農業経営法ヲ採ラシメ、各農事実行組合ノ組織下ニ統合シテ、先ズ

  一、田畑単位面積ノ増収ヲ図ルコト

  二、自給肥料ノ増産ニ努ムルコト

  三、副業ヲ営ミ併セテ生活ノ合理的改善ヲ図ルコト

 

 また、この農業合理化方針の根本にあったのは、寒地農業の確立という道庁などの政策的目標でもあるといえた。そのため畑作農業に関しては単一作物の栽培の場合、冷害の際の打撃が大きいことから、被害を緩和するために甜菜、亜麻、除虫菊といった多種他品種の作物を配合し耕作、あるいは輪作すること、また肥料自給のための畜産の加味、副業のための小家畜の飼育などが具体的には奨励されていった。表5−13の岩田賀平の所蔵する資料をもとにした上富良野における昭和戦前期の甜菜、亜麻、除虫菊の生産推移をみても、大正後期以降、栽培に力が入れられたこれらの作物が、昭和初期に上富良野で定着し、耕作面積を拡大していったことが分かる。その背景にはここまで述べてきた、寒地農業の確立へ向けた農業合理化方針があったことはいうまでもないだろう。

 

 戦時下の農作物

 だが、このような冷害凶作や貧困から農業の再建に取り組んで間もなく、時代はさらに暗転する。昭和12年の日中戦争の開始から16年の太平洋戦争への突入と、農業も戦時色一色に塗りつぶされていくのである。『上川開発史』はその推移を次のように記す。

 

 昭和十三年の飼料統制、十四年の肥料配給割当の実施ならびに米穀の配給統制などが行われ、昭和十六年には米穀管理と農業生産統制、作付統制の方針が明らかにされ、十七年には食糧管理が一層強化されて、米麦はもちろん、いも類も国家管理のもとにおかれることになったのである。

 

 こうして次々と打ち出されていった戦時統制だが、前掲した表5−10〜13までの各表を見てもらえれば分かるように、様々な管理のもとでいくつかの作物の作付け面積などに大きな変化が現れている。上富良野の農業もいやおうなしに戦時統制下に組み込まれていった証左といえるだろう。

 なかでも最も大きな変化を見せている作物のひとつは小麦である。小麦は昭和7年から政府が増殖五カ年計画を立てて増産を奨励しており、戦時統制下の食糧増産計画のなかでさらに作付けを拡大したものと考えられる。また、戦時作物の代表である亜麻、食糧用として用途以外にアルコール原料として重要視された馬鈴薯などが、この時期に作付けを拡大した作物である。一方、作付けの減少が目立つのが豆類といえる。とくに豌豆の減少は極端だが、もともと諸外国への輸出が主力の作物であるだけに、戦局の進行とともに対外関係は悪化しており、激減したのは当然ともいえる。なお、上富良野での作付けは一部に限られていたが、同じように輸出作物であった薄荷も豌豆同様、この時期に作付けを激減させたといわれている。

 しかし、19年、20年の生産高を見てもらえれば分かるように、戦争も末期に近づくとどの作物も生産を落としていくのである。20年は冷害が重なったこともあるが、多くの働き手たちが戦場へ駆り出され、労働力が不足してきたためであり、肥料も手に入らなくなってきた結果であった。