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1章 上富良野町の自然と環境 第4節 上富良野の植物 53-57p

4 十勝岳温泉付近に広がる針葉樹林の植物相

 

 十勝岳山麓のアカエゾマツ

 北海道の天然林で高木層をつくる常緑針葉樹林は、主にトドマツ、エゾマツ、アカエゾマツの3つに代表される。しかし呼び名は同じ「マツ」ではあっても、実は3つともが揃って同じ仲間というわけではない。エゾマツとアカエゾマツとは同じトウヒの仲間であるが、トドマツの方は、実はモミの仲間なのである。

 エゾマツは土壌の発達した土地に分布する傾向にあるが、アカエゾマツの方は植物の生育を制限する要因の強い土地に生育する傾向がある。他の樹種が容易に入り込めない特殊な環境に発達するのである。アカエゾマツのまとまった林が見られる地域の土壌には、湿原系、蛇紋岩系、火山灰礫地系、岩礫地系、砂丘系、山火事跡地系の6タイプがあるとされるが、いずれもエゾマツ・トドマツ林の生育には不適な条件ばかりである。十勝岳山麓のアカエゾマツは火山灰礫地系、そして火砕流による山火事跡地系である。火山灰が厚く堆積し、腐食層の薄い環境に、見事な森林を作り上げている。当地のアカエゾマツ林は十勝岳の火山活動が作った森であるといってもよい。

 十勝岳周辺のアカエゾマツの森は、十勝岳温泉から吹上温泉にかけての一帯(十勝岳西山麓)、白金温泉南の硫黄沢川上流周辺、富良野岳南山麓原始ケ原、十勝川源流域などに分散して見られる。十勝岳西山麓のアカエゾマツの森は、その中に温泉保養観光地を抱えることなどからして、一般の観賞もしやすい。上富良野がこの樹を「町の木」に指定したということは非常に妥当な選定であったと思われる。

 アカエゾマツは樹高は40b、直径は150aにもなる常緑針葉樹の大木である。樹肌は粗い鱗状で、赤味がかった褐色をしている(これに対しエゾマツの方は全体的に黒っぽいので「クロエゾマツ」とも呼ばれる)。若枝は斜め上に伸びるが、太枝が次第に下方に垂れて、やがて美しい円錐形の樹形となる。積雪期には白銀を抱いて、より一層味わい深い姿となる。まさに天然のクリスマス・ツリーといった雰囲気である。では、その森の中にはいったいどのような植物が見られるのだろうか。ひと口に「アカエゾマツの森」とはいっても、その林内は様々な植物によって構成されている。

 ではそれを具体的に見てみよう。吹上温泉の南、標高1040bの付近には、樹高25〜30b、胸高直径60〜95aほどの立派なアカエゾマツの大径木に占められている場所がある。アカエゾマツの純林といってよい地点である。しかしその下層部には、樹高が2〜6bほどのトドマツ、ナナカマドなどの次世代を担う幼樹が見られる。林床ではチシマザサが優占しており、その他に、オガラバナ、ミネカエデ、クロウスゴ、コヨウラクツツジ、オオバスノキ、ツルリンドウ、マイヅルソウなどの低木と草本が見られる。

 

 針広混交林の植生

 一方、町道の吹上線からやや南に入ったところ、標高にして860bほどのあたりの森林の構成を見てみよう。ここは樹齢約100年ほどの針広混交林である。十勝岳温泉と白金温泉とを結ぶ道路を挟んで、先の地点からほんの200bほど下りた地点であるが、森の様子は変化している。植生図ではエゾマツ・トドマツ林として、あるいはアカエゾマツ林として区分されてはいるが、実際には、樹高20〜30b、胸高直径40〜90aほどのエゾマツとダケカンバが中心の森林構成となっており、先の地点で優先していたアカエゾマツ、トドマツらは若干混じる程度である。

 同じ十勝岳山麓でも、十勝岳温泉から吹上温泉にかけての一帯付近がアカエゾマツを中心とした森であるのに対して、そのすぐ下方は、エゾマツを中心とした針広混交林なのである。もちろん、この地点も全体的に見ればエゾマツ、トドマツ、アカエゾマツら針葉樹の占有率が約55lから80lを占めている。一部に人工補正林があるほかは、そのほとんどが天然林という非常に良好な森林状態を保っており、そこに生息する野生鳥獣も豊富である。

 この林内の中〜下層部には、エゾマツ、トドマツ、ナナカマドらの若木が見られる。林床はチシマザサおよびクマイザサが優占しており、それに混じりエゾマツ、トドマツ、アカエゾマツ、ダケカンバ、ナナカマドの幼樹が見られる。他にはオガラバナ、コヨウラクツツジ、ムラサキヤシオ、トガスグリ、ツルアジサイ、コミヤマカタバミ、マイヅルソウといった低木と草本が見られる。

 ちなみにこの町道吹上線上では、中茶屋付近(標高540b)でカラマツ植林、エゾマツ、トドマツ林などが見られるほか、ミズナラ、シラカンバなどの広葉樹も交える。やがて標高700〜900b付近からダケカンバが出現して、さらに850b辺りからアカエゾマツが混交しはじめる。そして900b以上ではダケカンバを伴うアカエゾマツ主体の林となっていく。このように、このコースでは標高が上がるにつれて樹種が少しつつ変化していく様をじっくりと観察することができる貴重なルートとなっている。

 

 写真 アカエゾマツ

  ※掲載省略

 

 森林の代表的な樹木

 以上、アカエゾマツ林とエゾマツ・トドマツ林(ダケカンバ等を含む針広混交林)の内部に見られる代表的な植物の名を列記してみたわけであるが、とくに自然や植物に関心のある方以外には、耳にしたこともない種名もいくつかあるのではないかと思われる。以下に、先にあげた植物についてのごく簡単な紹介をしておきたいと思う。

 ダケカンバ(岳樺)は、カバノキ科の落葉高木である。山地から高山に生える亜高山帯広葉樹の代表格。高木になるが、森林限界では矮生低木状になっていることも多い。古くなると全体的に荒々しい印象となる。葉にはやや光沢がある。花は尾状で5月に咲く。果穂は上向きにつく。シラカンバは果穂が垂れ下り、葉に光沢がほとんどない。

 ナナカマド(七竃)は、バラ科の落葉高木。秋に赤い実をつける街路樹として有名。外国からの移植樹であると勘違いしている人もいるようだが、れっきとした自生種。花の色は白で、葉は美しく紅葉する。7回、竃に入れても燃えつきないほど燃えにくい木であるという理由からこの名がついた。6月に開花、9月に実が熟す。

 オガラバナ(麻幹花)とは、ちょっと聞き慣れない名であるが、カエデ科の落葉低木である。要するにカエデの一種で、掌型の葉は黄葉する。ホザキカエデ(穂咲楓)という別名もあるが、こちらの方が特徴をよくとらえている。別名の通り、7月には淡い黄緑色の穂状の花を、まるでトウがたったような直立形で咲かせる。やや湿気のある肥えた土地を好み、針広混交林下に生える。

 ミネカエデ(嶺楓)は、カエデ科の落葉低木。オガラバナに似ているが、花は穂状にならない。葉は黄葉する。亜高山帯から高山にかけて森林の縁や低木に混じって生える。

 オオバスノキ(大葉酢木)は、ツツジ科の落葉低木。淡い緑白色で、うっすらと紅をさした、小さな釣鐘型をした可愛らしい花をつけ、9月頃には黒い実がなる。食用。山地の林に生える。

 クロウスゴ(黒臼子)もまたツツジ科の落葉低木。小さな壷型の花をつける。淡い緑白色に薄紅が差されている。実は紫色で食用。甘酸っぱくて美味しい。同じ仲間のクロマメノキと酷似している。高山から亜高山帯の林内に生え、紅葉する。

 ムラサキヤシオ(紫八染)もツツジ科の落葉低木であり、別名をミヤマツツジ。他のツツジ類よりも疎らに枝をだし、全体に端正な印象がある。花は鮮やかな紅紫色で、葉が開く前に咲く。開花時期は6月。山地のやや湿った林内や川沿いの斜面に生える。名の由来は、紫色の染料に何回もつけて染め上げたツツジ、という意味。

 コヨウラクツツジ(小瓔珞躑躅)というちょっと変わった名のツツジ科の落葉潅木は、5月に咲く赤い歪んだ壷形の小さな花を、仏像や仏殿に飾られる「瓔珞」(ようらく)に見立てられたことから名づけられた。山地の斜面や尾根筋など林内などに生える。

 トガスグリ(栂酸塊)とは、ユキノシタ科の落葉低木で、地面を這っている。エゾスグリの仲間で、草原や明るい林内または林縁部に生える。8月頃に、食べられる赤い実をつける。実に毛がついていることで他の種類と区別できる。

 ツルアジサイ(蔓紫陽花)もユキノシタ科のつる性の落葉樹で、れっきとした樹木である。木や岩壁にたくましく這い上がり、夏によく目立つ白い花をつけるが、本当の花は散房状のクリーム色の部分で、一見花に見える部分は飾り花(中性花)といい、生殖機能を持たない。山地の林内や林縁に普通に見られる。

 ツルリンドウ(蔓竜胆)はリンドウ科の草花で、茎が蔦状になっている。地面を這ったり草木に絡んでのびる。夏の終わりから秋にかけて、ラッパ状の小さな紫色の花をつける。花の後は楕円形の赤い実ができる。丘陵地から山地の林内に生える。

 マイヅルソウ(舞鶴草)はユリ科の花。この優雅な名前は、基部が深くくびれたハート型の葉と、その葉脈がよく目立つところから、それを鶴が羽を広げた形に見立てて命名されたといわれる。針葉樹林内に生え、春から夏に白い花をつけ、その後、斑模様から赤く熟す丸い実をつける。

 コミヤマカタバミ(小深山傍食)はカタバミ科の白い花。夜になると葉が2つに折り畳まれることから、葉の一方が欠けているように見えるため、この名がつけられた。よって「片喰」とも書く。ときに淡紅色の花もつける。亜高山帯の針葉樹林下に生える。

 チシマザサ(千島笹)は、いわゆる「ネマガリダケ」のことである。春に食べる「北海道のタケノコ」で、本当は「笹の子」というわけだ。イネ科の草本で、積雪地に多く生えるため、茎は根本で大きく曲がることからこの名がついた。クマイザサ(九枚笹)は、よく「熊笹」あるいは「隈笹」と混同されるが、こちらの方は枝先に葉が3〜9枚固まってつく「九枚」が名の由来となっている。茎は根元で少し曲がるか、直立で、平地から山地に生える。