郷土をさぐる会トップページ     第17号目次

編集後記

平成九年の上富良野町開基百年記念を契機として又は年の節目が合って、次の様に各地区の郷土誌史や、各分野での記念誌史が多く発行されました。
O「みなぎる力」―上富良野中学校開校五十周年記念
              発行日 平成九年十一月八日
O「かみふらの女性史」
              発行日 平成十年三月一日
O「江幌誌」―開拓九十年を記念して
              発行日 平成十年三月一日
O「三十年の歩み」―上富良野町体育協会三十周年記念
              発行日 平成十年三月三十一日
O「組合五十年の歩み」―JAかみふらの
              発行日 平成十年六月二十日
O「清流の里ひがしなか」
              発行日 平成十年十二月二十八日
O「創造の歩み」―建設業協会四十周年記念
              発行日 平成十一年八月三十一日
O「とみはら」―富原開拓百周年記念
              発行日 平成十二年一月三十日
O「島津一〇〇年の歩み」
              発行日 平成十二年二月六日
これは時代の流れの一区切として、各々の地区や業界、分野等の立場で過去の歴史を振り返り、それらを後世の子々孫々に遺し、新たな出発の決意を秘めた『温故知新』であります。
書物を発刊するという事は大変な事業であり、これに関わった多くの皆様に心から賛辞と御慰労を申し上げます。『郷土かみふらの』の歴史の上で、大変貴重な資料を作っていただいた事を、郷土史を研究する「上富良野町郷土をさぐる会」として心から感謝申し上げます。
これらを発端にして、各地区・各分野の発刊に心から期待すると共に、その様な機会がありましたら「郷土をさぐる会」として全面的に御支援と御協力をさせていただきます。
さて「郷土をさぐる誌」も、町民の皆様の暖かい御理解と御支援により、第十七号を発刊し皆様にお届けする事になりました。
―各地で活躍している郷土の人達―は、NHK芸能部に勤務していた「河村一郎氏」に依頼、NHKドラマの製作と宣伝に携わった経験と、郷土の仲間との交流、故郷かみふらのの思いを記してくれました。同級生の山崎良啓氏には、河村一郎氏との連絡等で非常にお世話になりました。
連続掲載は、「大森明氏の演習場に関する余談(2)」、故落合勇氏の「戦艦『長門』での海軍の思い出(下)」で、大森氏の演習場に関する余談は、長年にわたって演習場に関わった諸問題に対しての氏独特の感覚が行間に溢れています。故落合氏の長文の原稿を清書していただいた落合氏の子供さん三姉妹の御協力に、誌上より感謝申し上げます。
―かみふらの事始め物語―は開基百年記念として第十五号で特集しましたが、その後資料等の発掘により、芳賀正明氏の「家畜人工受精」、鈴木努氏の「上富良野村のごみ焼却場」は、上富良野の歴史の中では語られてはいたが、資料として歴史の一頁を埋めてくれました。
「東中専妙寺の歩み」は、著者長尾哲雄氏が当町の「上富良野百年史」を読んで、その記事の中で「専妙寺は廃寺」となっているが、事実は違うとの連絡が町企画調整課広報広聴係にありました。長尾哲雄氏は東中中学校に教諭として在職していた事もあり、是非「専妙寺の歩み」として記していただく様に依頼し、今回の掲載になりました。
佐藤公氏による「宮城団体の変遷」は開拓・営農・離農と厳しい農業環境を赤裸々に語っています。
「沼崎農場の思い出」の著者である打越正氏は、この原稿をかつて住んでいた里仁の菅野稔郷土をさぐる会長に平成十一年三月六日に託されました。
しかし、不幸にも打越正氏は八日後の平成十一年三月十四日に心不全で突然逝去され、享年七十五歳でありました。
原稿内容を相談しようとした矢先の事で、原稿は菅野会長が自ら清書・校正されたものです。
野尻巳知雄氏による「植民地撰定の背景と区画測設」は上富良野百年史編集に携わり、百年史に記されなかった事項について寄稿されましたが、今後も掲載の予定です。
郷土をさぐる誌第十三号から、上富良野町郷土館の管理業務員として編集協力をいただいた「政氏武宏氏」が六年間の勤務を終え退職する事になりました。第十三号から第十七号発刊に郷土をさぐる会の事務処理に協力をいただいた事に心から御礼申し上げます。
後任に、上富良野町東中出身の「西谷良二氏」が担当されますので、今後ともよろしくお願い申し上げます。
(中村有秀記)

機関誌 郷土をさぐる(第17号)
2000年3月31日印刷  2000年4月15日発行
編集・発行者上富良野町郷土をさぐる会 会長 菅野 稔