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深山峠新四国八十八カ所霊場中参道

国道二三七号の西七線、即ち旧国道の入口になる辺りに中参道の石碑が建立されたのは昭和五十年の六月十一日である。石川清一氏、宮野孫三郎氏は旧国道を含めてこのあたりを聖地の如く保存しようと考えていたように思われる。その由来記に、
『……此の参道は、明治の末期、開拓に鍬を入れた人々が当時刈分け道として辿ったに始まり、其の後関係者の手によって形づけられ、北海道の地方道となりやがて国道二三七号線と呼ばれ、次第に改良の上舗装されたがこの部分は廃道となって今日に至った。この血と汗のにじんだ草分道路を町の文化財として指定を要望すると共に八十八ケ所の札所として石仏を安置し心の安らげる霊場として遺さんものと浄財を乞い、その方々の名を刻んで後世に伝えんとするものである。……』
と記されている。
二十年の歳月が流れお参りする人々が高齢化するに従い、お参りを容易にする為一堂に集めてとの要望がたかまり、関係する方々の合意によって平成三年十月十日、深山峠公園の現在地に八十八体の地蔵が安置されたのである。
裏参道の控所も解体され通う人々が居なくなったにもかかわらず、中参道の碑だけがそのまま名残りを止めており、苦労した人達の志しを思うと想いは一入である。礎石の作業は陸上自衛隊三〇八地区施設隊の厚意により高尾 明氏指揮の下に行われたものである。
(菅野 稔記)

機関誌 郷土をさぐる(第15号)
1998年3月31日印刷 1998年3月31日発行
編集・発行者 上富良野町郷土をさぐる会 会長 高橋寅吉