郷土をさぐる会トップページ     第15号目次

静修開拓地区

静修地区は、明治三十七年の福島団体、明治四十年の宮城団体、大正五年の岡山団体の団体入植で開かれた。当時は江幌地区と合せて一地区を成していたが、大正五年の岡山団体の入地で人口が増えたため、小学校分校設置と当時に、大正七年に江幌から分かれて誕生、当時の塙村長の命名で静修となった。
この静修地区に、戦後行なわれた新規入植地が、静修開拓地区で、同時に清富地区にも清富開拓地区が設定されている。
静修開拓地区は、東京空襲による疎開者一二戸と、樺太よりの引揚げ者二戸により、昭和二十年に入植して開墾に掛った新らしい地区である。入植者の職業も多種に及び馴れぬ作業に大変苦労した。その後地元より昭和二十六年に二戸、同三十三年に一戸入植して計十七戸となった。
昭和二十二年十四戸の開拓農家の力を結集して、上富良野村開拓農業協同組合が組織される。
初代組合長は松ヶ枝 毅で、組合員は田中兼雄、志田寅三、関 寅吉、石川竜雄、田中道平、石井松太郎、橋本竹三郎、長島音三郎、西塚福一、田畑宮吉、小川勝美、宇治松吉、後に宮島 勇、大串 彰、菅原一恵の諸氏が加入して十七名となった。
昭和三十年には静修地区開拓農業協同組合と、清富地区農業組合の間に、上富良野開拓農業組合に関する契約書を交わしている。
静修地区  十七戸
清富地区  十五戸
(春名健一記)

機関誌 郷土をさぐる(第15号)
1998年3月31日印刷 1998年3月31日発行
編集・発行者 上富良野町郷土をさぐる会 会長 高橋寅吉