郷土をさぐる会トップページ     第14号目次

「郷土文芸」

短歌 噴煙短歌会会員作品

しぐれ野に音なく芒の穂のゆるるわが追憶を濡らす夕ぐれ    井上 俊孝
朝の五時新聞配りのおばさんの吐く息白く小走りに過ぐ
成人式に向ふ男女の晴れ姿はたちの夢を胸に抱きて

苦難の里今にしあれば山も木も慈愛あふれて故郷しのぶ     大場 夏枝
師は逝きて友ゆき一人残されし寒月(つき)の梢のななかまどの実
菰を巻き覆ひをかけて来る春にわが残る世をいろどりてゆけ

這ひ松帯抜けて着きたる安政の火口は響きて水蒸気噴く     大道美代子
還り来ぬ月日の重み思ふとき落葉は静かに地面を覆ふ
空澄みて宮中歩む此の時を思ひ果せし皇居の奉仕

添ひ歩む仲よき姿をまぶしみつひねもすを聞く愛の鐘の音    門崎 博雄
歌できぬさびしさ抱けば十勝嶺にそびらを向けて峠をくだる
一月の真白き道を風載りてラベンダー色のバス走りきぬ

乱れ髪すきて撫でやるその白き頬を濡らしてひと粒のなみだ   久保 美音
娘を看とり李は移ろひぬ頬よぎる風は冷たく初秋の香り
先に逝く不幸を詫びる娘の言葉いく度聞きし薄暗き室

新雪が積りし松の枝先で鳴きし雀の羽根輝けり         佐藤美千子
遅番の隣の主がはねる雪凍れる夜になりし靴の音
逝きし妻に花を手向けて語りつつ涙ふきたる皺ふかき手で

春よ来い呼んでみようか雪の日の店にまんさくの花を選びぬ   中野とみ子
風邪癒えてまた針持ちぬ花柄のワンピース着せむ孫の人形
花いっぱいのカタログ届く窓の外はまだ小山なす雪積みをれど

地球上あと三十年で空気尽くあとの三十年なにをしようか    成田美喜子
トンネルの崩落事故も運命か数秒ずれたら事故にあはずも
崩落を予知した本もでてゐたが読んでも何もしない政治家

開拓の鍬打ち下されて百周年原始の大地を黄金に染め替ふ    水谷甚四郎
狼熊吠ゆ原野に挑む拓魂は百万石の中枢を作る
熊笹の繁茂する土地こそ肥沃ぞと夢抱く手に力こもるも

野も山も銀世界にて川の辺のすすきの音もなぜかさびしき    村上喜美代
ふみづきの庭にゆかしき紫の咲きてこぼるるラベンダーの花
うるわしき蘭の花びら陽光に光みたして今日も咲きゐる

日露の交流終へて乗船の友らの笑顔にしばし手を振る      矢野 勝己
年明けに一通の便りサハリンの友の横文字年賀状かも
遅れじと入歯かみしめ前向きにきびしき道を我は踏みしむ

青く澄む空にひと筋飛行機雲ゑがきてはるか機は飛び去りぬ   山川ひさ乃
層なして凍るる雲は山裾をつつみて十勝の峰かがやけり
冬の芽を抱きて眠るもくれんの風雪に耐へて春待つらしも

ふる里に還りしみ霊永久に社に鎮もる今日を祈りて       吉澤 登喜
ナナカマドたははに揺るる朱き実はかの日のままに晩秋に炎ゆ
雪虫の激しき夕べ際立ちて夕映えの十勝岳(やま)きびしさ増しぬ

秋の陽が竹林のなかにこぼれ散り風の旋律奏でゆきたり     渡辺 房子
二重橋背にして写せしあの頃と同じ柳のいろ濃ゆくして
鳥達の羽ばたき遊ぶ群にさへ春遠からぬ陽ざしやはらぐ

俳句 このみち俳句会・りんどう俳句会会員作品

遠畑に融雪剤の渦なせり    赤間 玲子
学童の辻の道草日脚伸ぶ
在りし日は軍国少女蝉時雨
停年に縁なき主婦の着膨るる
事なきを倖せとなし除夜の鐘

賀状彫る彫刻刀に力込め    岡崎トン子
窓越しの日差しのやはき弥生かな
砕け散る氷に日差し和みたる
囀りの空を圧してジェット音
展望台の広がる先に雲の峰

未熟児でありし花嫁桃の花   金子 スミ
そこはかとなき白檀の春浅き
簫しようと雨にうたるる桜かな
母の名の地蔵に降りし松落葉
孫の名で届く花籠敬老の日

やはらかき色おく秋の志賀平  佐藤 節子
雑木山萌たつ朱きひとところ
水子塚木の芽起しの雨に濡れ
愛想なき留守番電話寒波来る
病める身に今日立冬の雲険し

囀りのつぎからつぎや勤め道  鈴木つとむ
春愁やメモのみふえて捗らず
尾を立てて足どり軽きうかれ猫
川幅を日ごと広げて日脚伸ぶ
打つ釘のひねくれ曲る多喜二の忌

寂庵に輝く初日貰ひけり    千々松絢子
水の音風の韻きのかきつばた
乳牛の鼻てらてらと栗の花
崖紅葉天瑠璃色に岩湯かな
湯豆腐や過不足もなく夫と居て

志す道遠くして年迎ふ     町田いね子
西東気遣ひもなく雑煮味
雛祭り孫の電話も華やげる
健やかな年月今宵雛飾る
独り居のむなしさ雛のあられ喰む

春昼や訛りの強き道案内    吉岡 光明
夜ざくらに上野の杜のイラン人
雪解風事故の花束乾きをり
亡き父母に我儘気づく春彼岸
残雪を割りて花の芽風を受く

残雪や日差し強さに光り増し  足立 紫岳
春の靄消えては映る渡り鳥
せせらぎの流れさわやか水辺草
この路を夢をカバンに新入生
名残雪つい口ずさむ淡い雪

囀りや道を訪ふにも橋越えて  加藤 輝子
僧侶の鼻緒のゆるむ極暑かな
難解の碑文字なぞるや蝉しぐれ
寄進人のすでに鬼籍の桜園
後一つ解けぬパズルや万愚節

夜の色に溶けて沈めり木の芽山 菅野 朝子
囀りのこぼるる空の深さかな
峠尽き視野を彩る麦の秋
背を向けて向日葵西日余しけり
冬雁の渡るは浄土の道案内

母の日や湖を鏡の山笑ひ    白峰 亀庵
馬の尾に何時も風あり下萌ゆる
旅客機を丸洗いさせる時雨かな
噴煙のどつと傾く枯野かな
雪冠る子をしかと抱き聖母像

十勝岳そびらに泳ぐ鯉のぼり  菅原 千代
砲音の止みてでで虫角を出す
手庇で話すあれこれ韮の花
秋暑し動きの止まる風見鶏
雪の中凛として立つ老一位

由来記の古りて花浴ぶ地蔵達  平塚まさ子
ひまはりの目の八方に雲遊ぶ
金賞に知己の名のあり菊花展
糸菊の糸の乱れにピアノ曲
流れつつ風の花火の果てにけり

農に生き農に悔ひなし年明くる 丸山美枝子
埋もれて農夫雪掻く日課かな
山川の鎮まり返り吹雪けり
地吹雪の峠のそば屋昼灯す
如月の空を映してハウス張る

凍豆腐膨らみきって日脚伸ぶ  田浦 夢泉
囀りのひねもす農を励ませり
ラベンダー紫の風はなさざる
歳月の重みに惹かれ秋の句碑
ふる里の雪嶺その日の貌持てり

機関誌 郷土をさぐる(第14号)
1996年7月31日印刷  1996年7月31日発行
編集・発行者 上富良野町郷土をさぐる会 会長 高橋寅吉