郷土をさぐる会トップページ     第13号目次

かみふらの昔話

数山 勇 大正十年一月八日生(七十三歳)

《その一、キツネの嫁入り》

今から丁度六十年程前、私が小学校五年生の秋の事であります。一年間の農作業も片づき、父と上富良野市街に馬車に揺られながら、穴ぼこの曲りくねった坂道を、昼から出かけて買物や用事を終えて帰る頃には、とっぷりと日は暮れて、今の深山峠まで来る頃にはもう真暗で静まり返って淋しく、あたりは現在と違い見渡す限りの森林が続く山野で、当時は熊がいつ出るか分からぬ時代でもありました。
その頃、現在の鉄道から沼崎一帯は雑木林の続く密林で覆われていました。峠まで来ると、今まで順調に歩いていた馬が、突然に立ち止まってしまったのでした。驚いてあたりを見ると、向いの林が火の海であります。次から次へと帯状をなして流れる如く広がって行く。その様は、全くいままで見た事のない怖いながらも美くしい光景でありました。
提灯に火をつけて走って行く様にも見える。その早さと、夜の林に織りなす、鮮やかさは、今では昔話しとなってしまいました。
私もその時みたのが、初めての最後でありました。
開拓時代の古老は、夜になると、子供にキツネの嫁入の話をきかせたものです。昔のキツネの嫁入りは、どうしてあの様に火の列ができるのか不思議であり、なかなか派手にやっていたものだと感心し、ときどき思い出します。
《その二、鮭の嫁さん》
貧乏な一人ものの男がある日、川のそばを通ると、丁度、鮭が川をのぼってくる時期だったので、子供らが、子を孕んだ鮭を捕まえて騒いでいるので、「それは孕み鮭だから、殺すな。おれにゆずってくれ」と男は僅かばかりのお金を子供らにやり、鮭を川に放してやったんだと。
しばらくして、ある晩、男のぼろ小屋の戸を、トントンと叩くものがあり、開けると見た事も無い、いい女が立っていて、「今晩、泊めて下さい」と言うのに、「おれはひとりもんだし、布団も一つしか無いから」と。女はそのまま泊り、その後も居ついてしまったんだと。
女は毎日飯を炊き、畑に出て良く働くので、何時しか二人は夫婦になったんだと。
「それにしても、この嫁のつくるみそ汁は、なんて旨いんだべ」
毎日の朝晩のみそ汁には、必ず筋子が入っていて、よくだしが出て、それがなんともうまいんだと。
男は不思議に思って、ある日、仕事に行くふりをして家を出てからそっと戻り、隙き聞からそっと家の中の様子を覗いて見たんだと。そうすると嫁は、鍋の上に跨がり、ピチビチと身体から、何かをしぼり出しているのをみて「今まであんなもん、おれに喰わしていたんだべか」と男はその日から、みそ汁を飲まなくなったんだと。
嫁はいく日か淋しげな顔して、じつと男をみつめていましたが、ある日、家を出たっきり、二度と男の家には戻らなかったんだとさ。

機関誌 郷土をさぐる(第13号)
1995年6月25日印刷  1995年6月30日発行
編集・発行者 上富良野町郷土をさぐる会 会長 高橋寅吉