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《私の終戦日》昭和二十年八月十五日
女手二人の終戦と最終復員の夫

岡和田 広子 大正十二年五月二十一日生(七十二歳)

郷土をさぐる誌は発刊以来十三号をかぞえ、誠に素晴らしい限りでございます。まだ継続出来ます事は初代会長様を始め、新会長様、賛助会員の皆様のご尽力のたまものと拝察申し上げる次第です。
この度、無学な私のような者に記事のご依頼があり、その時はお断りを致しましたが、何でも良いですからのお言葉を真に受け、字の書く事の苦手な私ですが、人生最後の勉強にと思い、書かせて頂くことにいたしました。
私は中富良野の水田農家の八人兄弟の五番日として成長しましたが、尋常小学校卒業後四年間は、家の手伝いをし、戦時中、人手不足で父の知り合い宅の農家に、八ヶ月間奉公に行きましたが、ずいぶん苦労し、親やお金の有り難味は、字に書き表す事の出来ないほどの体験をいたしました。
戦争の混乱で、物資不足にたえる中、兄弟も大勢いたので、親の言うままに農家の長男のもとへ、昭和十八年三月の末、馬橇で嫁いで参りました。舅姑の四人家族にまだなじまないうちに、夫が五月一日に教育召集で、札幌月寒に入隊してしまいました。
六十歳を過ぎていた両親との生活は、舅は仕事の無理で病気になり、地元上富良野で入院出来ず、富良野協会病院に入院いたしましたが、その入院中にアメリカ軍機の爆撃に遭い、急に退院となりました。家で療養中、その頃汽車の切符は早朝より並ばなければ買えない時代で、待ちきれず自転車で富良野まで薬をもらいに行き、帰りに途中でパンクしてしまい、押して歩いて帰って来た時もありましたが、疲れも一晩寝たら直り、翌日はまた仕事に励んだものです。
舅の喜んでくれた顔が、今当時を思い起こしながら書いていると目の前に浮かんで参ります。
その様な療養の甲斐もなく、二十年の凶作の年の十月十三日に亡くなりました。昨年五十回忌をおつとめしましたが、私の最後の報恩供養になることと思います。
十月中旬が過ぎ水稲の収穫が始まり、頭の軽い稲の稲架掛けを唯々良くやったの一言でした。
それからは、姑との二人の生活が始まり、姑は仕事一筋の人で、冬は拂下げの薪作りや藁仕事と、私は兄姉がいたので、何事も責任のない手伝いだったが、姑との仕事は能率を考え責任を持って早く覚える事に努めました。
農地も三町歩余りを授農労務者や、近在部落の皆様の援助を頂きながら私なりに一生懸命働きました。
夫は昭和二十四年十月に、最終で復員してまいりました。
その後子供三人の親となり、喜びと苦労を共にして水田基盤整備・客土に、土地の拡大を行いながら、家屋新改築、そして子供の教育、就職とどうやら希望通りの暮らしが出来て、ほっとした矢先、夫は悪病につかれ、昭和五十一年八月末一週間程の患いで、他界してしまいました。
五十五歳の生涯でした。
翌年、長男が後継者として良縁に恵まれ、結婚をしたのを機会に一切をまかせ協力してやって来ましたが、皆様のお蔭と、丈夫だけがとりえの私で、病気もせず過ごしてこられたのは有り難いことです。
現在、高校生二人の孫と六人家族です。現在の恵まれた福祉制度に支えられ、いつまでも若く生きようを合言葉として、常に地区の老人会はもとより、ゲートボール連盟で友との交流など、家族の理解に感謝しながら生涯学習と健康維持のため、平成元年に老人大学(後にいしづえ大学に改名)に席をおき学習をしています。月二回の登校日ですが、第十七回卒業式で、私は教育長より努力賞をいただきましたが、大変有り難いことで気持も更に改まり感動を覚えたものです。これからも友情の輪を大切にしたいと思っています。
老連の会長のお言葉は「此の世に生を受けた皆さん、百歳を目標にあの世に早かれ遅かれ誰でも行く日が来ます。その日まで、感謝の気持ちを忘れずに、ボケや中風にならないで、愚痴を言わずに好かれる老人になるよう努力しましょう」と常に言われるとおり、お互い残された人生を有意義に過ごしたいと思っています。
身近な知人の方が亡くなりますと、本当に淋しくなります。地震、災害、冷害、凶作など、激動を生きてきたことを振り返ると「苦あれば楽あり」ではないでしょうか。
その事を信じ、私達と同じ様な苦しい境遇をくぐりぬけてきた皆さんが、生きているうちに幸せな暮らしが出来るように願わずにはいられません。
一昨年の稲の凶作、米作制度の見直し、政治や、サリンなど社会の混乱と世に苦難はつきないとは思いますが、人生八十年代に向かって与えられた寿命を精一杯生きたいものです。
長い冬が去り又春が来て、夏は自然を大切に花壇作り、家族の副食の野菜作りにこれからも頑張ります。
上手には何も出来ませんが、長い間の尊い経験を生かし前進するのみです。
つたない文章で恐れいりますが、この様に活字にしていただく機会を与えて下さいましたことに、心より感謝を申し上げます。

機関誌 郷土をさぐる(第13号)
1995年6月25日印刷  1995年6月30日発行
編集・発行者 上富良野町郷土をさぐる会 会長 高橋寅吉