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1章 上富良野町の自然と環境 第4節 上富良野の植物 57-62p

5 丘陵地から平地にかけての植物

 

 平地の樹木

 森林概況の項で述べた通り、上富良野には現在、まとまった面積を持った天然の広葉樹林(雑木林)はほとんど残っていない。

 ほとんどが落葉針葉樹林(カラマツ)の植林地となっており、雑木林は沢筋などに線状に残されているにすぎない。すべて人の手によって伐られ、代わりにカラマツやトドマツの人工植林地に取って代わられたのである。

 カラマツは耐寒性のある材木用として、明治の中頃に長野県から苗が移植されたものである。冷涼な大陸性気候にあい、生長が早いこともあって、昭和30年頃から大面積にわたって植えられるようになった。もともとあったミズナラやイタヤカエデ、ハルニレ、シナノキなどの森を伐り尽くし、そこに植えたのである。

 よって現在では、平地で最もよく見かける林といえばカラマツということになってしまった。日本の特産種でもあるが、北海道にはもともとはなかった木なのである。あまりにも普通なので、北海道の自生種であると思っている人もいるようだし、逆にその風景が欧州的であるということから、ヨーロッパ方面からの移植樹だと思い込んでいる人もいると聞く。

 しかし元来、北海道の森は、針葉樹と広葉樹とが混在した森であった。それが様々な動植物を育てる母体となってきた。それに較べるとカラマツ一斉林の生態系はたいへん貧しい。経済的な理由に固執して、北海道の平地林をカラマツ一色にしてきたことで、数多くの鳥やけものや草花が激減することになった。多くの樹種をとりまぜた生態学的平衡に立脚した森の価値については、長年、いろいろなひとびとが方々で言及してきたことでもある。平地林に対する新たなアプローチが必要であろう。

 さて、町内のところどころの沢筋などに残されたわずかな雑木林からは、この地方のかつての天然林の姿をかろうじて想像することができる。もっとも、このような広葉樹の群落は、その生成過程が天然自生のものと、下部針広混交林(主にトドマツ、ミズナラ、エゾイタヤ、シナノキなどの組み合せで、かつての北海道の平地林はほとんどがこのタイプであったと思われる)からの針葉樹択伐などの人為干渉によって2次的に誘導されたものとがある。材として、燃料として、トドマツなどを抜き伐ってしまったことで、そこに空間ができ、陽樹が侵入して広葉樹の2次林がつくられたというものである。

 この地方の雑木林は、植生区分上では「エゾイタヤ・シナノキ林」タイプであるとされている。これはどのような林なのだろうか。このタイプは、北海道の落葉広葉樹林を代表するポピュラーなもので、高木層にミズナラ、エゾイタヤ(イタヤカエデ)、シナノキ、ヤチダモなどを中心として、各種いろいろな広葉樹がまちまちに混生している林である。ここにあげた代表的樹木4種について、以下にごく簡単な紹介をしておこう。

 ミズナラは、サハリンから北海道〜九州まで分布する樹木である。本州中部より南では標高が1000b以上の環境でなければ分布していないというから、基本的に寒冷地性の樹なのであろう。北海道では海岸から山地に至るまで、広い範囲で見ることができる。乾燥にも強く、痩せた土地にも耐え、もちろん肥沃な土壌にも見られる。かつてはこのミズナラの原生林がいたるところ広がっていたという。葉は秋に黄葉するが、中には紅葉する変りものもある。明るい林を作り、種子(ドングリ)は多くの鳥や獣の食糧となる。そのためこの木の多い森には他の生きものの姿が多くなる。似た仲間にコナラやカシワがある。

 エゾイタヤ(イタヤカエデ)もまたサハリンから北海道〜九州にまで分布する。また朝鮮半島、中国東北部、アムール地方にも生育する。葉がよく茂り、板屋根のようになって雨露を防ぐほどであるということから、このような名がついたという説もある。また材としてもよく用いられたことから「板」の意味合いも強いものと思われる。北海道での分布はやはりミズナラと並んでかなり広く、山腹から海岸の段丘斜面にまでよく目立つ種類である。秋に美しく黄葉することはあまりにも有名だ。この仲間にハウチワカエデ(メイゲツカエデ)、ヤマモミジ、ベニイタヤ(アカイタヤ)などがある。

 シナノキは北海道〜九州、中国にかけて分布する。中国では「菩提樹」と呼ばれる種類で、北海道自生種のオオバボダイジュもまたシナノキの仲間である。シナノキの内皮の繊維はたいへん強敵で、アイヌ民族はこれを最も優れた紐(繊維)材として重用した。オオバボダイジュもまた紐材として使われることもあったようだが、こちらの方はこれよりも品質が劣るとされている。花の香りがよく、蜜蜂がたくさん集まり、良質の蜂蜜の原料となることでも知られる。肥えた、やや湿性の山地の斜面や丘陵地帯に多く生える。最近は並木にもよく利用されている。

 ヤチダモとは、谷地に生えるタモの木という意味だ。タモには、アカダモ(ハルニレ)やアオダモ、トネリコなどの仲間がある。枝が先まで太く、棒状に突き出しているのが特徴で、葉を落とした季節にはそれがよく分かる。葉の出るのがかなり遅く、そのくせかなり早くから落葉する。名の通り、山間、谷間の川岸、湿原の近くなど、湿潤な条件に耐えるが、ときに尾根筋などの乾燥地にも見られる。しかし地下水位の高いところや、痩せた土地にはあまり見られない。そういうところにはヤチハンノキが生える。

 ハルニレも、河畔林などに多く見られる樹種であるが、こちらはうんと肥沃な土地を好む。基本的には、水位の高いところから低いところに向かって、ヤチハンノキ→ヤチダモ→ハルニレという具合に生え分かれる。水に強い性質を持った木として、湿原の鉄道防風林などにも利用されている。北海道から本州中部以北、朝鮮半島に分布する。

 このタイプの林に混生する広葉樹には他に次のようなものがあげられる。アサダ(カバノキ科)、サワシバ(カバノキ科)、ヤマグワ(クワ科)、ホオノキ(モクレン科)、キタコブシ(モクレン科)、エゾヤマザクラ(バラ科)、ナナカマド(バラ科)、アズキナシ(バラ科)、イヌエンジュ(マメ科)、ヤマモミジ(カエデ科)、ハウチワカエデ(カエデ科)、キハダ(ミカン科)、オオバボダイジュ(シナノキ科)、コシアブラ(ウコギ科)、ハリギリ(ウコギ科)、ミズキ(ミズキ科)、ハクウンボク(エゴノキ科)、アオダモ(モクセイ科)などである。

 沢筋など湿った土地ではドロノキ(ヤナギ科)、オニグルミ(クルミ科)、ケヤマハンノキ(カバノキ科)、ハルニレ(ニレ科)、オヒョウ(こレ科)、カツラ(カツラ科)などが見られる。

 明るい林地の低木層としてノリウツギ(ユキノシタ科)、タラノキ(ウコギ科)、エゾヤマハギ(マメ科)、ヒロハツリバナ(ニシキギ科)、エゾニワトコ(スイカズラ科)、また暗めの林内にはオオカメノキ(スイカズラ科)、ハイイヌガヤ(イヌガヤ科)、フツキソウ(ツゲ科)、ナニワズ(ジンチョウゲ科)などがあるほか、林床ではクマイザサが優占している。

 つる性植物もしばしば繁茂する。チョウセンゴミシ(モクレン科)、ツタウルシ(ウルシ科)、ヤマブドウ(ブドウ科)、コクワ(マタタビ科)、マタタビ(マタタビ科)、ツルウメモドキ(ニシキギ科)などがある。

 

 平地の草花

 カラマツの植林地の林床には、あまり多くの種類の草本は見られないが、先に述べたような明るい雑木林の下には、たくさんの草花が見られる。以下、季節別に上富良野町内で観察できるごく一般的、代表的な草花(草本・低木)をとりあげることにしたい。

 高山植物や樹木と異なり、平地の草花はたいへんな種類数である。

 とてもそのすべてをリスト化し、説明を加えるまではできない。

 よって概要を述べる程度にとどめたい。種名の後のカッコ内の説明は、(漢字名・花の色・見られる代表的な環境)となっている。

 まずは春の花から。フクジュソウ(福寿草・黄・林)の花は日光を受けると開き、日が沈むと閉じる。エゾノリユウキンカ(蝦夷立金花・黄・渓流沿)は俗にヤチブキとも呼ばれる。茎が立ち金色(黄色)の花をつけ、葉はフキの葉に似ていて、お浸しにすると美味い。ミズバショウ(水芭蕉・黄・水辺)はサトイモ科の植物で、一般に花と思われている白い部分は仏炎苞と呼ばれる葉(苞葉)で、花穂はその中の黄色い部分。ザゼンソウ(座禅草・紅・湿地)はアカネズミが種を散布して広がる。ミズバショウには仄かな芳香があるが、こちらは臭い。全体的に暗く、まさに「仏炎」の印象。アキタブキ(秋田蕗・白・多環境)とは、いわゆるフキノトウのことである。本州北部以北に分布するためこの名がついている。雌花は白っぽく、雄花は黄色っぽいというが、見分けは困難。

 キバナノアマナ(黄花甘菜・黄・林)は山菜として茎や葉が食べられ、仄かな甘味がある。ナニワズ(難波津・黄・林)は夏になると葉を落とし赤い実だけになるため「夏坊主」という俗名もある。この花とフッキソウ(富貴草・白・林)は背丈は小さいながらも樹木である。ヒメイチゲ(姫一華・白・林)は花が小さく、アズマイチゲ(東一華・白・林)は大きい。ニリンソウ(二輪草・白・林)は花が2つ咲く。1〜3個の変わり種もいる。ユキザサ(雪笹・白・林)は葉が笹の葉に似ている。山菜好きの人にならアズキナという名の方が通りがいいかもしれない。美しいのはヒトリシズカ(一人静・白・林)だ。「静御前」にちなむといわれる通りの印象。エゾエンゴサク(蝦夷延胡索・紫・林)には白花もある。ミヤマスミレ(深山董・紫・針葉樹下)、タチツボスミレ(立坪董・紫・林縁)の「坪」は庭のことだという。エンレイソウ(延齢草・紅・林)は大きな3枚の葉がよく目立つ。オオバナノエンレイソウ(大花延齢草・白・林)の花は名の通り白く大きく、よく目につく。レンプクソウ(連福草・緑・林)はあまり目立たない花だが、茎の先に5つの花が固まって咲いており、じっくり見ると端正な美しさがある。

 初夏の花の代名詞的存在であったスズラン(鈴蘭・白・林)は、最近、自生のものはめっきり少なくなった。しかし明るい雑木林のきわなど、ひょんなところで咲いているのを見つけることがある。春の山菜王アイヌネギすなわちギョウジャニンニク(行者大蒜・白・林)も、初夏にタンポポの綿毛のような丸い花をつける。

 ヤマシャクヤク(山芍薬・白・林)の花は大きく立派だが、丘陵林の減少で近年あまり見られなくなった。ルイヨウボタン(類葉牡丹・黄・林)は葉がボタンの葉に似ている。コンロンソウ(崑崙草・白・林)は白花が中国の山の雪に似ていることから。ジンヨウイチヤクソウ(腎葉一薬草・白・針葉樹林下)、ベニバナイチヤクソウ(紅花一薬草・紅・針葉樹林下)は暗めの林下で可憐な花を咲かせる。何に効く「薬草」なのかといえば、止血、消炎、抗菌に利用されるといい、利尿や強心剤にも使われるという。

 オドリコソウ(踊子草・白・林)とは酒落た名だが、これは花が傘をつけて踊っているように見えることに由来。オオハナウド(大花独活・白・林縁)は背がとても高くなる。クサノオウ(草ノ黄・黄・林縁)は、「草の王」ではなくて「黄」である。黄花だが、茎や葉の切り口から出る液が空気に触れると黄色くなることからこの名がついた。バイケイソウ(梅寶ヘ・白・林下湿地)は、ときに大群落をつくる。クリンソウ(九輪草・紅・湿地)はサクラソウに似る花で、花が輪になり何段もつく。マムシグサ(蝮草・緑・林)はコウライテンナンショウ(高麗天南星)ともいう。どちらもすごい名前だが、実際は筒状になった緑色の美しい草花である。

 夏の平地林では白っぽい花がたくさん咲く。ヨブスマソウ(夜衾草・白・林緑)のヨブスマとは、コウモリやムササビのことである。葉の形がこれら夜獣に似ているとされる。ゲンノショウコ(現ノ証拠・白・林緑)は畑地の道端などにもある。腹下しの薬草で、飲むとすぐに効果が現れるというのでこのようないいかげんな名がついた。漢方薬でおなじみ。オニシモツケ(鬼下野・白・林縁湿地)の下野は、下野の国(栃木県)に由来。オオウバユリ(大姥百合・白・林)はラッパ型の大きな花よりも、冬枯れのドライフラワーの方がよく知られている。クルマユリ(車百合・オレンジ・林)は明るい林に咲くユリだ。キツリフネ(黄釣船・黄・林緑湿地)は、花が帆かけ舟を吊ったような形をしている。

 少し林から離れて、道端の草花にも目を向けてみよう。背の高いオオイタドリ(大虎杖・白)は十勝岳泥流跡付近の植生の項でもおなじみ。チシマアザミ(千島薊・ピンク)やヒメジョオン(姫女苑・白)、クサフジ(草藤・紫)、ネジバナ(捩花・ピンク・林緑にも)、ヒメヘビイチゴ(姫蛇苺・黄)、ダイコンソウ(大根草・黄)、オオバコ(大葉子・穂状の花)なども見られるはずだ。

 秋になると見られる花には、サラシナショウマ(晒菜升麻・白・林)がある。若葉を煮て水に晒して食べたという。エゾトリカブト(蝦夷鳥兜・紫・林緑)は毒草として有名だが、秋の草花としても知られる。ヤナギラン(柳蘭・ピンク・林縁)は、花がヤナギに、花が遠めに見るとランに似ていることから。エゾノコンギク(蝦夷野紺菊・紫・林縁)もその名の通り紺色の野菊。道端にも生えている。ヨツバヒヨドリ(四葉鵯・淡赤・林縁)は鳥の名前がついているが、草花。ミゾソバ(溝蕎麦・淡ピンク・水辺)は溝に繁茂する蕎麦の花という意味。葉が牛の顔に似ていることからウシノヒタイなどとも呼ばれる。アキノウナギツカミ(秋ノ鰻攫・淡ピンク・水辺)もまた奇妙な名だが、この事には葉や茎に刺が生えており、これなら鰻でも掴めそうということからこの名がついたという。コウゾリナ(剃刀菜、髪剃菜・黄・林縁)のコウゾリはカミソリのこと。茎の剛毛を剃刀に引っ掛かった顔の髭に見立てたという。

 セイタカアワダチソウ(背高泡立草・黄・道端)は御存じ帰化植物の代表選手である。黄色い花が、まるで泡立っているように見えることからこの名がある。アキノキリンソウ(秋ノ麒麟草・黄・道端や林縁)は秋に咲くキリンソウという意味で、キリンソウとは別の花である。ハンゴンソウ(反魂草・黄・林緑)はよく見かける花で、若芽は天婦羅などで食用にもされている身近な植物であるが、名の由来は恐ろしい。葉の形が、死者の魂を呼び戻すかのように見えるから、ということらしい。